令和7(2025)年度インフルエンザワクチン用製造株とその推奨理由

令和7(2025)年度インフルエンザワクチン用製造株とその推奨理由
(IASR Vol. 46 p224-226: 2025年11月号)
1.ワクチン株決定の手続き
わが国におけるインフルエンザワクチン製造株は, 厚生労働省(厚労省)健康・生活衛生局感染症対策部予防接種課の依頼に応じて, 2月中旬~4月上旬にかけて3-4回に分けて国立感染症研究所(感染研)で開催される『インフルエンザワクチン株選定のための検討会議』で検討され推奨株候補を決定する。その結果を『厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会 研究開発及び生産・流通部会 季節性インフルエンザワクチン及び新型コロナワクチンの製造株について検討する小委員会(以下, 小委員会)』へ報告し, 同小委員会において審議され決定される。その結果は厚労省健康・生活衛生局感染症対策部長へ報告され, 感染症対策部長から決定通知が交付される。
本稿に記載したウイルス株分析情報は, ワクチン製造株が推奨された2025年3月時点での集計成績に基づいており, それ以後の最新の分析情報を含むシーズン全期間(2024年9月~2025年8月)での成績は, 総括記事「2024/25シーズンのインフルエンザ分離株の解析」(本号7ページ)を参照されたい。
2.ワクチン株について
2024/25シーズンの世界的なインフルエンザの流行は, 2023/24シーズンと同様, ピークが1つの流行であった。流行のピークは, 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)流行前は多くの場合1月であったが, 2024/25シーズンは2023/24シーズンと同様に12月にみられた。型・亜型(A型)・系統(B型)別では, A/H1pdm09, A/H3およびB型(ビクトリア系統のみ)がそれぞれ検出され, その割合は国・地域により異なっていたが, 傾向として, 北半球はA型の検出が多く(A/H1pdm09が主流の国が多かった), 南半球はB型の検出が多かった。日本の流行は, 2024年第36週以降報告数は増加傾向となり, 第44週に定点当たりの報告数が1.0を超え流行入りとなった。その後, 第52週でピーク(定点当たり報告数は64.4)を迎えた。この報告数は, 1999年以降の現在の報告体制では過去最高の数値であった。2025年第1週以降, 報告数は減少した。インフルエンザ分離・検出報告は, 2024/25シーズンは, シーズンを通してA/H1pdm09ウイルスの報告が多かったが, ピーク後にはA/H3ウイルスやB/ビクトリア系統ウイルスの検出も増え, A/H1pdm09, A/H3およびB/ビクトリア系統ウイルスの検出数はおおむね同等であった。感染研では, 世界保健機関(WHO)ワクチン推奨株選定会議(2025年2月24~27日)で議論された流行株の解析成績, 令和6年度(2024/25シーズン)ワクチン接種後のヒト血清抗体と流行株との反応性およびワクチン製造候補株の製造効率などを総合的に評価して, 令和7年度(2025/26シーズン)のインフルエンザワクチン製造候補株として, 小委員会へ推薦することとした。なお, 世界的にB/山形系統ウイルスの検出報告がないため, WHOがB/山形系統ウイルスを4価のワクチンから除くことを推奨しており, 令和7年度のインフルエンザワクチンは3価とすることとなった。以下に示すA型2株およびB型1株が選定され, 推薦された。
A型株
A/ビクトリア/4897/2022(IVR-238)(H1N1)pdm09
A/パース/722/2024(IVR-262)(H3N2)
B型株
B/オーストリア/1359417/2021(BVR-26)(B/ビクトリア系統)
3.ワクチン株選定理由
3-1.A(H1N1)pdm09亜型:A/ビクトリア/4897/2022(IVR-238)
最近のA(H1N1)pdm09亜型ウイルスは, 赤血球凝集素(HA)遺伝子系統樹上, C.1.9群とその中に分類されたC.1.9.1からC.1.9.4群に属するウイルスに加え, D, D.3あるいはD.5群に分類されるウイルスが多く検出された。国・地域によりそれらの割合は様々であったが, 世界的には, C.1.9.3, C.1.9あるいはD.5群に属するウイルスが多かった。2024/25シーズン(2024年9月以降)の時系列では, シーズン当初ではC.1.9.3群は多くなかったが, 時間経過とともに増加した。また, シーズン当初は, D.5群が多かったが, 時間経過とともにD.3群が多くなった。国内では, C.1.9およびC.1.9.3群に属するウイルスが多かった(C.1.9.3>C.1.9)。
フェレット感染血清を用いた抗原性解析では, 2024/25シーズンワクチン推奨株でC.1.1群に属する細胞分離A/ウィスコンシン/67/2022類似株およびD群に属する卵分離A/ビクトリア/4897/2022類似株に対する血清は, 群を問わず, 非常に多くの流行株と良く反応していた。
A/ビクトリア/4897/2022類似株(D群に属する)を含む2024/25シーズンワクチンを接種したヒト(小児, 成人, 高齢者)の血清を用いた血清学的試験では, 細胞分離A/ウィスコンシン/67/2019類似株に対する反応性と比較した場合, 群を問わず, 流行株に対する反応性はおおむね良好であった。
以上の成績から, WHOは, 2025/26シーズンの北半球用のA(H1N1)pdm09亜型ワクチン推奨株として, 2024/25シーズンと同じA/ビクトリア/4897/2022類似株を引き続き推奨した。
国内のA(H1N1)pdm09亜型ワクチン製造用としては, 令和6(2024)年度において高増殖株A/ビクトリア4897/2022(IVR-238)が使用されており, また本株以外に新しくワクチン候補株の性状解析は実施されていないことから, ワクチン株検討会議では, 令和7(2025)年度のA(H1N1)pdm09亜型ウイルスのワクチン株として, 令和6年度と同一株であるA/ビクトリア/4897/2022(IVR-238)を推奨した。
3-2.A(H3N2)亜型:A/パース/722/2024(IVR-262)
最近のA(H3N2)亜型ウイルスはHA遺伝子系統樹上多様化しているが, 多くはJ群およびその中に分類されたJ.1からJ.4群に属した。2024年9月以降ではJ.2, J.2.1あるいはJ2.2群に属するウイルスが多かった。シーズン当初はJ.2.2群が比較的多かったが, 時間経過とともにJ.2群が非常に多くなり, J.2.1およびJ.2.2群は減少した。国内では, J.2群に属するウイルスが多かった。その中でS145N変異をもつウイルスが多く検出された。また, 報告数は多くはないが, 抗原部位あるいはレセプター結合部位での変異(T135K, N158K, K189RあるいはV223Iおよび組み合わせ)をもつウイルスも検出された。
フェレット感染血清を用いた抗原性解析では, 2024/25シーズンワクチン推奨株である細胞分離A/マサチューセッツ/18/2022類似株および卵分離A/タイ/8/2022類似株(J群に属する)に対する血清は, 試験機関により反応性の程度に差があったが, 流行ウイルスに対して反応性が低下していた。一方で, 2025シーズン南半球用のワクチン推奨株である細胞分離A/ディストリクト オブ コロンビア/27/2023類似株および卵分離A/クロアチア/10136RV/2023類似株(S145N変異をもち, J.2群に属する)に対する血清は, 流行株と良く反応した。また, T135K, N158K, K189RあるいはV223Iおよび組み合わせをもつ変異株についても, A/ディストリクト オブ コロンビア/27/2023株に対するフェレット感染血清はA/マサチューセッツ/18/2022株に対する血清に比べるとおおむね良く反応し, A/クロアチア/10136RV/2023株に対するフェレット感染血清もA/タイ/8/2022に対する血清より反応性が少し良かった。
A/タイ/8/2022類似株(J群に属する)を含む2024/25シーズンワクチンを接種したヒト(小児, 成人, 高齢者)の血清を用いた血清学的試験では, 細胞分離のA/マサチューセッツ/18/2022株に対する反応性と比較した場合, 上記の変異をもつ株との反応性の低下がみられた。
以上の成績から, WHOは, 2025/26シーズンの北半球用のA(H3N2)ワクチン推奨株を, 2024/25シーズンのA/タイ/8/2022類似株から, S145N変異をもちJ.2群に属するA/クロアチア/10136RV/2023類似株に変更した。
感染研では, 国内のA(H3N2)亜型ワクチン製造候補株(CVV)として, J.2群に属する高増殖株A/クロアチア/10136RV/2023(NIB-146), A/クロアチア/10136RV/2023(X-425A), A/クロアチア/10136RV/2023(IVR-263), A/ディストリクト オブ コロンビア/27/2023(NIB-142), およびA/パース/722/2024(IVR-262)を入手し, 国内のワクチン製造所3社に分与した。各製造所で増殖性(感染価測定), ショ糖クッション法によるウイルス蛋白質収量, およびエーテル処理によるスプリット工程およびろ過工程まで行った生産性が評価された。増殖性については, IVR-262株以外の感染価は107.5-108.9 EID50(50%卵感染価)/0.2 mL, IVR-262株については107.7-109.1 EID50/0.2mLであった。ウイルス蛋白質収量については, 2024/25シーズン国内ワクチン製造株であるA/カリフォルニア/122/2022(SAN-022)と比較したところ, IVR-262株の3社の平均が108%と良好であり, 3社すべて95%を超えていた。これらの結果から, 以降の評価についてはIVR-262株に絞って進められた。継代による抗原性の乖離は認められなかった。さらに, 生産性評価については, 2024/25シーズン国内ワクチン製造株であるA/カリフォルニア/122/2022(SAN-022)と比較したところ, 3社の平均は92%(122%, 89%, 65%)であり, 各社目標本数の製造が可能とのことであった。以上から, ワクチン株検討会議では, 令和7年度のA(H3N2)亜型ウイルスのワクチン株としてA/パース/722/2024(IVR-262)を推奨した。
3-3.B/ビクトリア系統:B/オーストリア/1359417/2021(BVR-26)
最近のB/ビクトリア系統のウイルスは, HA遺伝子系統樹上で多様性に富んでおり, C.1からC.5群に分かれたが, さらにC.5群の中に派生したC.5.1からC.5.7群の中で, C.5.1, C.5.6およびC.5.7群に属するウイルスが多かった。
フェレット感染血清を用いた抗原性解析では, 2024/25シーズンのワクチン推奨株B/オーストリア/1359417/2021類似株(C群に属する)に対する血清は, 群を問わず, 流行株と良く反応した。
また, B/オーストリア/1359417/2021類似株を含む2024/25シーズンワクチンを接種したヒト(小児, 成人, 高齢者)の血清を用いた血清学的試験では, 細胞分離B/オーストリア/1359417/2021類似株に対する反応性と比較した場合, 群を問わず, 流行株に対して良く反応していた。
以上の成績から, WHOは, 2025/26シーズンの北半球用のB/ビクトリア系統ワクチン推奨株として, 2024/25シーズンと同じB/オーストリア/1359417/2021類似株を引き続き推奨した。
国内のB/ビクトリア系統ワクチン製造用としては, 令和6年度において高増殖株B/オーストリア/1359417/2021(BVR-26)が使用されており, また本株以外に新しくワクチン候補株の性状解析は実施されていないことから, ワクチン株検討会議では, 令和7年度のB/ビクトリア系統ウイルスのワクチン株として, 令和6年度と同一株であるB/オーストリア/1359417/2021(BVR-26)を推奨した。
国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所
インフルエンザ研究センター
長谷川秀樹 渡邉真治
