アタマジラミ, トコジラミ, ヒトスジシマカ, ネッタイシマカにおける殺虫剤抵抗性

アタマジラミ, トコジラミ, ヒトスジシマカ, ネッタイシマカにおける殺虫剤抵抗性
(IASR Vol. 46 p240-241: 2025年12月号)
近年, 殺虫剤が効かない衛生害虫が世界的に増加し, 防疫上の課題となっている。日本で防疫用殺虫剤(薬機法で承認された医薬品・医薬部外品の殺虫剤)の抵抗性が問題となったのは, ゴミ処理場や畜舎のイエバエ, ビルの廃水処理施設のチカイエカ, 飲食店のチャバネゴキブリなど, 業務施設で大量発生する害虫が反復的な薬剤淘汰を受けた結果であった。近年では, 家庭用に用いられる殺虫剤に対する抵抗性が深刻化している。本稿では, 一般家庭で問題となる害虫の殺虫剤抵抗性の現状を概説する。
アタマジラミ(Pediculus capitis)
アタマジラミの駆除には, ピレスロイド系殺虫剤を有効成分とする外用薬が使用されてきた。海外でピレスロイド抵抗性の報告が増加していたことから, 日本でも調査が実施され, 2001年に初めて抵抗性を示す個体が確認された。その後, 沖縄県で採集されたアタマジラミの96%がピレスロイド抵抗性を示すなど, 各地で発見され, 抵抗性のまん延が懸念された1)。抵抗性の報告はその後も世界的に増加している2)。
この状況を受け, 作用機序が異なる4%ジメチコン製剤の臨床試験が実施された。ジメチコンは成虫・幼虫の気門を物理的に塞ぎ窒息させ, さらに卵の孵化を阻止する作用もあるため, ピレスロイド抵抗性個体にも効果が期待された。臨床試験の結果, ピレスロイド抵抗性個体に対する有効性と安全性が確認され, 本製剤は2021年に医薬部外品として承認・上市された3)。
トコジラミ(Cimex lectularius)
トコジラミは吸血によって強いかゆみを生じさせ, 世界的に問題となっている。日本では2000年代後半から宿泊施設等で被害が多発した。欧米での報告と同様に極めて強いピレスロイド抵抗性個体が短期間で全国に拡散したことが一因である4)。2010年前後には全国各地でピレスロイド抵抗性が確認され, 2024年の大阪府の調査でも同様であった5)。防除ではピレスロイドを避け, 代替薬剤が用いられる。しかし, 一部では代替の有機リン剤・カーバメート剤に対する抵抗性個体も発見されている。さらに熱帯性で, 日本では最近散発的に発見されるネッタイトコジラミ(Cimex hemipterus)からも有機リン剤・カーバメート剤抵抗性が見つかっている6)。2021年には約50年ぶりに新たな作用機序を持つブロフラニリド製剤が上市された。ピレスロイドおよび有機リン剤・カーバメート剤のどちらの抵抗性トコジラミにも高い効果があり7), 現在広く使用されている。
ヒトスジシマカ(Aedes albopictus)とネッタイシマカ(Aedes aegypti)
デング熱の世界的な主要媒介蚊はネッタイシマカであり, 熱帯・亜熱帯地域で大規模流行を引き起こしている。ネッタイシマカは家屋内に積極的に侵入・吸血し感染を広げるため, 多くの国で積極的に防除されている。そのため殺虫剤抵抗性が世界各地で報告されており, 特に東南アジアでは, 極めて高いレベルのピレスロイド抵抗性を持つネッタイシマカが発見され8), 分布拡大が懸念される。日本では, 殺虫剤抵抗性のネッタイシマカが複数の国際空港でのベクターサーベイランスでたびたび発見されているが, ピレスロイド以外の薬剤の使用等で対応している。ネッタイシマカは現在の日本には土着していない。
国内に分布しているのはヒトスジシマカのみである。2014年には70年ぶりにデング熱の国内感染例が報告されたが, 媒介蚊はヒトスジシマカであった。ヒトスジシマカはネッタイシマカに比較すると殺虫剤抵抗性の報告は少なかったが, 2011年にシンガポールで初めてピレスロイド抵抗性が発見され9), 中国やインドなどからも報告が続いた。ピレスロイドは専門業者等が使用する防疫用殺虫剤だけでなく, 蚊取り線香などの家庭用の殺虫剤の主成分として多用されており, 影響が懸念される。
殺虫剤効力試験法解説の改訂
こうした状況を受け, 薬機法に基づく「殺虫剤効力試験法解説」が2018年に約40年ぶりに大幅改訂され10), 抵抗性系統を用いた試験や野外防除に関する試験項目が追加された。その後, アタマジラミではジメチコンが, トコジラミではブロフラニリドが上市されている。新規殺虫剤の開発が進められているが, 薬機承認を得るのは容易ではない。加えて, 不適切な殺虫剤の使用は, 開発した薬剤の有用性を早期に失わせてしまう可能性がある。これを防ぐため, 殺虫剤抵抗性の継続的監視体制の構築, 現実に即した法制度の整備, 作用機序の異なる殺虫剤の適切な選択と使用など, 総合的な抵抗性管理が求められる。
参考文献
- IASR 31: 348-358, 2010
- Abbasi E, et al., Heliyon 9: e17219, 2023
- 山口さやか, 日本衛生動物学会・殺虫剤研究班のしおり92: 21-24, 2022
- 冨田隆史ら, 厚生労働科学研究費補助金報告書: 115-122, 2013
https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/21492 - 佐々木麻綾, 衛生動物 76: 45-51, 2025
- Komagata O, et al., Insect Biochem Mol Biol 138, 2021
- 矢口 昇, 日本衛生動物学会・殺虫剤研究班のしおり 94: 5-9, 2024
- Kasai S, et al., Sci Adv 8, 2022
DOI: 10.1126/sciadv.abq7345 - Kasai S, et al., JJID 64: 217-221, 2011
- 武藤敦彦, 日本衛生動物学会・殺虫剤研究班のしおり 89: 73-80, 2018
国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所
昆虫医科学部 駒形 修
