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2022~2023年高病原性鳥インフルエンザ国内流行地で採集されたクロバエ類からのウイルス検出と分離

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2022~2023年高病原性鳥インフルエンザ国内流行地で採集されたクロバエ類からのウイルス検出と分離

(IASR Vol. 46 p242-243: 2025年12月号)

2020年以降, 日本各地で野鳥および家禽における高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)の発生が続いており, 感染野鳥から家禽への伝播ルートの解明が課題となっている。2004年の京都府における調査から, オオクロバエ(Calliphora nigribarbis)などの腐肉食性ハエ類によるウイルスの機械的伝播の可能性が指摘されていたため1), 我々は野鳥におけるHPAI頻発地域においてハエ類の捕集とウイルス検出を実施した。鹿児島県出水平野は毎年多数のナベヅル, マナヅルが飛来する越冬地であり, 2022~2023冬シーズンではHPAIの流行とともに1,500羽以上のツルの死亡が報告された。筆者らはこの地域において, オオクロバエの体内からHPAIウイルスを検出し, 同一地域内で流行した野鳥由来株と遺伝学的に一致することを明らかにした2)。本調査は, ハエがHPAIウイルスを取り込み, 一定距離を移動することで感染拡散に寄与する可能性を実証的に示したものである。

調査は2022年12月および2023年11~12月に, 出水平野およびその周辺で実施した。ベイトとなる腐肉(馬肉・猪肉・魚片など)または希釈ハチミツを誘引源とし, スウィーピングネットにより捕集したハエを種同定後, 消化管部位(素嚢および腸管)を摘出し, 破砕乳剤とした後にreal-time RT-PCR法によりウイルス遺伝子の検出を行った。2022年調査では, 648匹のオオクロバエのうち14匹(2.2%)からHPAIウイルス遺伝子が検出され, 2023年調査では, 608匹中1匹(0.16%)から検出された。特にHPAIの発生が顕著であったツルコロニー周辺では, オオクロバエ74匹中11匹(14.9%)と非常に高い検出率であった。これらのウイルス遺伝子陽性バエの捕獲場所はいずれも, 河川河口や田園湿地など, 水鳥などが多く観察される地点であった。ウイルス遺伝子陽性検体の一部について分離を試みた結果, 発育鶏卵への接種でウイルスの増殖が確認され, ハエ体内でウイルスが感染性を維持していることが確認された。この分離株のHAおよびNA遺伝子配列は, 直近(ハエ捕獲前日, ハエ捕獲地点から800mの地点)で発見されたツル死亡個体由来株と同一であったため, このハエが保有していたウイルスは当該ツル死亡個体由来であると推察され, 感染性を維持したままオオクロバエがこの距離を移動していた可能性が考えられる。また既報によると, オオクロバエは日間で2-3km, 最長で3.5km程度移動できることが知られており3), この行動範囲は野鳥の死体が発生した地域から周辺家禽農場に及ぶ可能性を示す。

オオクロバエは冬季にも活動可能で, 死鳥や糞便などに強く誘引される腐肉食性昆虫である。これらの特性から, HPAI発生期の野鳥死体や糞便からウイルスを取り込み, 近隣環境に拡散させる潜在的リスクがあると考えられる。ウイルスのハエ体内での感染性保持期間は24~48時間とされており4), この期間内にハエが数km移動することで, ウイルスを機械的に運搬し得る。実際, 鶏舎近傍で野鳥由来HPAIウイルスが検出された報告では, 施設周辺に水辺や野鳥の飛来地が存在する例が多く, こうした環境下ではハエ類が媒介経路の一端を担う可能性がある。今回の調査結果は, 冬季の低温下でも活動するオオクロバエがHPAIの環境伝播に寄与する可能性を支持しており, 防疫対策において鶏舎周囲のハエ発生源管理や誘殺トラップ設置などの物理的防除策を検討する意義を示すものである。

しかし, 農場におけるオオクロバエの効果的な防除法については現在確立されていない。鶏舎で夏場によくみられるイエバエ類は鶏糞や堆肥で発生するため, 発生源対策が選択肢に入り得るが, オオクロバエなどの腐肉食性ハエ類は鶏舎内で発生せず, 基本的には外部からの飛来になるため, 主な対策は防虫ネットの設置などによる侵入対策に限定される。ネットによる物理的防除の他, 有効な殺虫剤の資材選定や効果的な使用法の検討などが今後の課題である。

参考文献

  1. Sawabe K, et al., Am J Trop Med Hyg 75: 323-332, 2006
  2. Fujita R, et al., Sci Rep 14: 10285, 2024
  3. Tsuda Y, et al., JJID 62: 294-297, 2009
  4. Sawabe K, et al., J Med Entomol 46: 852-855, 2009

      

    九州大学大学院   
     農学研究院 藤田龍介

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