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トコジラミの最近の傾向と防除に関して

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トコジラミの最近の傾向と防除に関して

(IASR Vol. 46 p243-244: 2025年12月号)

トコジラミはカメムシ目トコジラミ科に分類され, 世界に約110種類1), 日本に4種類2)が記録されている。雌雄を問わず, 幼虫から成虫にいたるまで吸血性を示す。これらのうち, 一部がヒトに対して吸血被害を起こし, 特に重要とされているのが温帯地域に分布するトコジラミと熱帯地域に分布するネッタイトコジラミである。蚊と同様に吸血昆虫ではあるが, 現在まで感染症を媒介する報告はない。しかし, 寝室を中心に大発生することで, 刺咬による激しい痒みと複数の刺し痕が皮膚に残ることから, 生活の質を落とす害虫として世界でも問題となっている3)。また, トコジラミ類は飢餓に強く, 13℃の低温環境において無吸血で1年近く生存することが知られており3), 発生が判明した時点で積極的に防除を行わないと被害を減らしにくい生物である。

日本ペストコントロール協会の害虫等相談件数集計報告によると4), 2010年頃からトコジラミの相談件数が増え始め, 毎年増加の一途をたどっている()。その原因の1つとして, 外国からの旅行者(訪日外客数)の増加により, その荷物に紛れて侵入したとされている。しかし, 2020年初頭より新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な流行にともない, 訪日外客数は激減したが, トコジラミの相談件数はわずかに減少したのみであった。このことから, すでに国内の各所で繁殖し, そこを起点にして現在は分布拡大していると考えられている。

ネッタイトコジラミは, 2015年に日本国内で約80年ぶりに沖縄県で見つかり防除された6)。その後, 2016年に東京都7), 大阪府8), 2019年に福岡県, 2020年に千葉県9)で見つかり防除されている。沖縄県ではそれ以降ほぼ毎年見つかっており, 本種の割合がトコジラミ全体の42-100%との報告もある9)。今後, 地球温暖化とともに沖縄以北でも見つかる頻度が高くなる可能性がある。

防除に関しては, トコジラミ, ネッタイトコジラミともに世界中で各種殺虫剤に対する抵抗性が報告されている10,11)。日本で採集されたトコジラミでは, ピレスロイド系殺虫剤に対する抵抗性が多く報告されており12), 防除を行うには, それ以外の作用機構を持つ有機リン系, カーバメート系, オキサジアゾール系の殺虫剤が有効である。同様に, 日本で採集されたネッタイトコジラミも調べられており13), ピレスロイド系以外にも有機リン系, カーバメート系の殺虫剤に対して抵抗性が報告された。しかし, 近年, 新たな作用機構を示すメタジアミド系の殺虫剤が上市された。これは神経伝達物質のGABA受容体に作用し, 神経を通じた信号の伝達を阻害することで全身の麻痺をもたらし, 死に至らしめる薬剤である。他の殺虫剤に比べ遅効性ではあるが, 各種殺虫剤に抵抗性を獲得したトコジラミにも効果があり, 防除に使われ始めている。

トコジラミ類の防除方法は, 世界規模で殺虫剤抵抗性が見つかっていることや, 殺虫剤の規制などにより使いづらくなっていることから, 物理的な防除法がいくつも考案されている。日本で一般的な方法の1つは, スチーマーや加熱乾燥車などを使って, トコジラミが潜んでいる家具や柱の隙間に直接熱を加えることで致死させる方法である。もう1つは冷却する方法で, 特殊な器械でドライアイスの粒を噴霧し, 凍結させて致死させる方法である。この方法は熱に弱い製品や, 水分が含まれないため, 電気製品などに潜んでいるトコジラミ類を死滅させることができる。しかし, これらの方法は, 殺虫剤を使用するよりはるかに手間と材料が必要となり, コストが高額になる欠点がある。そのため, 外国ではシリカゲルや珪藻土などの無機およびミネラル化合物による防除製品も使われているが, わが国では実用に至っていない14)

参考文献

  1. Henry TJ, INSECT BIODIVERSITY: 223-263, 2009
  2. 小松謙之ら, 衛生動物 67: 223-225, 2016
  3. トコジラミ研究会, トコジラミ読本: 149, 2013
  4. 日本ペストコントロール協会, 害虫相談件数集計報告
    https://pestcontrol.or.jp/pages/154/
  5. 日本政府観光局, 訪日外客数および出国日本人数
    https://statistics.jnto.go.jp/graph/
  6. 小松謙之ら, 衛生動物 67: 227-231, 2016
  7. 小松謙之ら, 衛生動物 69: 95-98, 2018
  8. 成 隆光ら, 第34回日本ペストロジー学会鹿児島大会プログラム・抄録集, 2018
  9. 小松謙之, 中村春美, 衛生動物 74: 157-160, 2023
  10. Tawastin A, et al., J Med Entomol 48: 1023-1030, 2011
  11. Lee CY, Entomological Research 55: e70038, 2025  
    https://doi.org/10.1111/1748-5967.70038
  12. 渡辺 護, 衛生動物 61: 239-244, 2010
  13. 皆川恵子, 小松謙之, 第33回日本ペストロジー学会大会プログラム・抄録集: 62, 2017
  14. Kerdsawang J, et al., Insects 14: 814, 2023

  株式会社シー・アイ・シー
   研究開発部 小松謙之

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