デング熱国内感染疑い事例を受けての大阪市の対応

デング熱国内感染疑い事例を受けての大阪市の対応
(IASR Vol. 46 p244-246: 2025年12月号)
はじめに
大阪観光局の発表によると, 2024年に大阪府を訪れた訪日外客数は推計1,464万人に達し, 過去最高を更新した1)。そのような中, 2024年9月に台湾で確認されたデング熱患者が大阪市で観光中に蚊に刺されたと述べたこと等から, 台湾より日本の国際保健規則(IHR)国家連絡窓口に連絡があり, 厚生労働省を通じて大阪市に情報提供がなされた。その後, 台湾の衛生担当部局が, 患者は帰国翌日に発症しており, 帰国後2日目もしくは3日目に実施したPCR検査とNS1抗原検査が陽性であったこと等から, 日本からの輸入症例である可能性が高いとプレスリリースした。日本においても専門家による検討が行われた結果, 通常IgMは発症後3日以降に上昇し, 一方でPCR, NS1抗原(=ウイルス血症)は発症時にピークとなることから, PCRとNS1が陽性, IgM陰性の本症例は, 台湾帰国前に感染したと考えられ, 「日本入国前の台湾で感染した可能性は残るものの, 日本で感染した可能性は十分考えられる」という結論に至った2)ことから, 本市では蚊の緊急生息状況調査およびウイルス保有調査を実施した。
調査実施日
2024年10月8日および10月9日
調査範囲
デング熱患者が蚊に刺されたと述べた場所を中心に, 250mメッシュ4区画を主な調査場所に選定し, 樹木が多く風通しの悪い, 蚊が生息しやすそうな地点にて調査を実施した。
調査方法
(1)ライトトラップ
ドライアイスを併用したCDC式ライトトラップを3地点に設置した(別途, 通常の蚊サーベイランス調査として1地点に設置)。
(2)8分間人囮法
250mメッシュ4区画に対し, 各班2名の4班体制を組み, 1区画につき8カ所ずつ, さらにCDC式ライトトラップ付近2カ所を加え, 計34地点で人囮法を実施した。
検査対象
ヤブカ属シマカ類を対象として, オルソフラビウイルス属(デングウイルス, ウエストナイルウイルス, ジカウイルス)の検査を実施した。
検査方法
捕集地点ごとに種類を分別し, ヒトスジシマカ雌蚊について最大50匹を1プールとして, 既報の方法3)にて下記ウイルスを標的とした遺伝子検査を実施した。
オルソフラビウイルス属:RT-PCR法, デングウイルス:real-time RT-PCR法。
調査結果
ヒトスジシマカ雌蚊の総捕集数は161匹(27プール)であり, すべての検体についてオルソフラビウイルス属ウイルスは陰性であった。また, 本調査の約10日後, 通常のサーベイランス調査(CDC式ライトトラップでは別途捕集済み)を実施したところ, ヒトスジシマカ雌蚊が45匹(4プール)捕集され, 遺伝子検査は陰性であった。
その後の対応
今回の調査において, 特にヒトスジシマカの捕集数が多かった地点を中心に, 蚊の防除対策を検討するよう管理者に指導を行った。
また, 本件以外に同様の事例は発生しなかったため, 終息の目安となる推定感染地に関連する患者の最終の発症日の後50日程度経過した時点4)で, 本件を終了とした(表)。
考察
本市では, 蚊が媒介する感染症を探知するため, 2005年からCDC式ライトトラップを用いて, 市内10カ所で5~10月の間, 蚊の捕集作業を行い, 生息状況およびウイルス保有状況の調査を実施してきた。加えて2016年からは, 人囮法による蚊の捕集作業も実施しているが, 調査開始以来, 捕集した蚊からウイルスは検出されていない5)。また, 日本で国内感染が疑われるデング熱患者は, 2019年を最後に報告されていない6)。
一方, デング熱患者の居住地である台湾では, 2024年に255件7), 2023年には26,261件の国内感染が報告されている8)。このような背景の違いはあるものの, 「発症10日前から発症前日に日本におり, 潜伏期からは日本で感染した可能性は十分考えられる」として情報がもたらされた場合, 迅速な対応が必要であることを今回の事例を通して強く実感した。
今回は生息状況調査およびウイルス保有調査のみで終了となったが, いつ何時, 蚊の駆除を実施せざるを得ない状況になるとも限らない。現在, 本事例を踏まえ, 発生時の具体的な対応について, 施設管理者や駆除業者を含む関係機関等と調整を進めており, 将来的には関係機関等を含めた訓練の必要性を感じている。
参考文献
- 大阪観光局(令和7年1月28日発表)
- 厚生労働省健康・生活衛生局感染症対策部感染症対策課, デング熱の国内感染が疑われる症例の発生について, 令和6年10月7日付事務連絡
- 青山幾子ら, 大阪健康安全基盤研究所, 研究年報 令和6(2024)年度 第8号: 36-46
- 国立感染症研究所, デング熱・チクングニア熱等蚊媒介感染症の対応・対策の手引き 地方公共団体向け, 平成29(2017)年4月28日改訂: 17
- 大阪市, 蚊媒介感染症に関する調査について, 2025年10月23日
https://www.city.osaka.lg.jp/kenko/page/0000005502.html - 西村光司ら, IASR 41: 94-96, 2020
- Taiwan National Infectious Disease Statistics System, Geographical Distribution of Indigenous and Imported Confirmed Case of [Dengue Fever], Nationwide, Year 2024-Year 2024[Date of Onset 2024/01/01-2024/12/31]
https://nidss.cdc.gov.tw/en/nndss/disease?id=061 - Taiwan National Infectious Disease Statistics System, Geographical Distribution of Indigenous and Imported Confirmed Case of [Dengue Fever], Nationwide, Year 2023-Year 2023[Date of Onset 2023/01/01-2023/12/31]
https://nidss.cdc.gov.tw/en/nndss/disease?id=061
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