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国内におけるマダニからの新規フラビウイルスの同定

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国内におけるマダニからの新規フラビウイルスの同定

(IASR Vol. 46 p248-249: 2025年12月号)

マダニは多様な病原体を保有し, ヒトや動物に病原体を媒介するベクターとして重要である。塩基配列解析技術の進展により, 近年, マダニから新規ウイルスが多数検出されているが, その多くは分離・培養に成功していない。本稿では, 日本で新たに発見された分離・培養が困難なSaruyamaウイルス(SAYAV)1)の遺伝的特徴, 単回感染性ウイルス粒子による解析, そして野生動物での疫学調査について概説する。

新規フラビウイルスの発見およびウイルス性状の推定

2018年に石川県で採集されたキチマダニのウイルスメタゲノム解析の結果, 未知のフラビウイルス様遺伝子配列が検出された。その後の解析で, ウイルスゲノムのほぼ全長に相当する10,896塩基(3,408アミノ酸をコード)の配列が決定された。また, このウイルス様配列は, マダニ試料中にRNAの状態で存在することが確認された。ウイルスの分離・培養を試みるべく, 陽性サンプルを複数の培養細胞に接種したものの, ウイルスの感染・増殖は確認されなかった。分離株は得られなかったが, ゲノム全長に近い配列が判明していたことから, マダニ採集地点(石川県猿山岬)にちなみ, 本ウイルスは暫定的にSaruyamaウイルス(SAYAV)と命名された。

ウイルスポリプロテイン配列を用いた分子系統解析では, SAYAVはアフリカ大陸でマダニから検出されたMpulungu フラビウイルス(MPFV)とクレードを形成し, ダニ媒介脳炎ウイルス(TBEV)やデングウイルスなどが含まれるオルソフラビウイルス属ウイルスと姉妹群を形成することが判明した(図1)。この結果は, SAYAVおよびMPFVが, オルソフラビウイルス属ウイルスとは異なる進化系統を持つユニークなフラビウイルスであることを示している。

SAYAVの単回感染性ウイルス粒子の開発

SAYAVのRNAは, キチマダニに加え, 山口県のニホンジカおよび山口県・香川県のイノシシ血清からも検出され, 野生動物間で循環するウイルスであることが示唆された。血清学的調査に際し, 従来の中和試験の代替として, 黄熱ウイルス由来のレプリコンを基盤に, SAYAVの外被タンパク質遺伝子を発現させた単回感染性ウイルス粒子(single-round infectious particle: SRIP)を作製した2)。同様に, 日本国内で流行が確認されているオルソフラビウイルスとして, 日本脳炎ウイルス(JEV), TBEVおよびYamaguchiウイルス(YGV)に近縁なLangatウイルス(LGTV)のSRIPも構築し, 交差反応性を評価した。

野生動物での疫学調査

各SRIPを用いて日本各地の野生動物血清を解析した結果, 富山県のイノシシ15頭中14頭, 山口県のニホンジカ45頭中18頭が抗SAYAV抗体陽性を示した。複数検体ではSAYAVに対する中和抗体価が他のフラビウイルスより4倍以上高く, 特異的抗体陽性が示唆された。さらに青森県のシカ18頭中6頭, 北海道のエゾシカ22頭中9頭もSAYAV陽性であり, SAYAVが本州から北海道まで広く分布している可能性が示された(図2)。これらの結果は, SAYAVがキチマダニを介してシカやイノシシなどの野生動物間で流行している新たなダニ媒介フラビウイルスであることを示すものである。また, SRIPを用いた中和試験が特異的抗体検出に有効であることも確認された。

本研究により, ウイルスメタゲノム解析とSRIP技術の組み合わせは, 分離・培養が困難なウイルスの生態や流行動態解析に有用であることが実証された。今後は, JEVやTBEV, YGVに加え, SAYAVなど新規ウイルスを含めた包括的な疫学的評価が求められる。

参考文献

  1. Kobayashi D, et al., PNAS 121: e2319400121, 2024C
  2. Yamanaka A, et al., mSphere 6: e0033921, 2021

国立健康危機管理研究機構
国立感染症研究所
 獣医科学部
  井上雄介 前田 健 
 昆虫医科学部     
  小林大介 伊澤晴彦 
 ウイルス第二部  
  鈴木亮介      

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