急性呼吸器感染症(ARI)に関する特定感染症予防指針の策定について

急性呼吸器感染症(ARI)に関する特定感染症予防指針の策定について
(IASR Vol. 47 p17-18: 2026年1月号)
次の感染症危機対応を見据えた新たな感染症サーベイランスの導入
「急性呼吸器感染症に関する特定感染症予防指針」の前に, 令和7(2025)年4月7日からわが国に導入された急性呼吸器感染症(Acute Respiratory Infection: ARI)サーベイランスについて話をしたい。
令和2(2020)年にパンデミックを引き起こした新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をはじめとして, これまで世界で大流行した感染症は, 飛沫感染等を主な感染経路とする呼吸器感染症が多い。呼吸器感染症は, ウイルスや細菌等多様な病原体によって引き起こされ, 飛沫や接触等により感染し, 臨床症状としては, 上気道炎(鼻炎, 副鼻腔炎, 咽頭炎, 喉頭炎), 下気道炎(気管支炎, 細気管支炎, 肺炎)を引き起こす。このように, 呼吸器感染症には感染経路・臨床症状等, 共通するところも多い。そこで, これらを1つの「症候群」として捉え, 患者数や病原体検出状況等の発生動向を一体的に把握する仕組みが求められた。
厚生労働省および国立感染症研究所(現在の国立健康危機管理研究機構)では, COVID-19対応の真っ只中, 平行して次の感染症危機対応を見据えた検討が行われ, その中には, ARIサーベイランスの導入に関する検討も含まれていた。このARIサーベイランスは, 一定の症例定義に一致する患者数の発生を把握する「症候群サーベイランス」の1つであり, このほかにインフルエンザ様疾患(Influenza-Like Illness: ILI)サーベイランスという手法もある。これら, ARIサーベイランス, ILIサーベイランスは諸外国でも導入されており, 導入する地域や対象とする医療機関の性質や数等, 具体的な実施方法も多様である。
ARIサーベイランス導入に当たっての壁のひとつは, 法律であった。わが国の, 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律〔平成10(1998)年法律第114号。以下, 感染症法〕には, 個々の感染症名が列挙されており, それら個々の感染症の発生動向を把握することが前提とされた仕組みになっている。一方で, 今回導入された「症候群サーベイランス」は, 定めた症例定義(注)に一致した患者の中に, すでに感染症法に列挙されている感染症の患者も含まれる可能性を踏まえた設計にする必要があったため, 感染症法上の取り扱いや運用方法の検討に時間を要した。さらに, 導入に当たっては, 厚生労働科学研究1)における検討・検証に加え, 厚生科学審議会感染症部会2)において複数回にわたり議論され, さらには, 医療機関, 学会等の関係者の皆様からのご意見をいただき, 多角的な視点において検討がされた。
関係者の皆様のご協力の結果, 令和7(2025)年4月7日付けで感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行規則の一部を改正する省令〔令和6(2024)年厚生労働省令第156号〕が施行され, ARIを感染症法の5類感染症に位置づけ3), わが国において平時より, (1)流行しやすいARIの発生動向を把握すること, (2)未知の呼吸器感染症が発生し増加しはじめた場合に迅速に探知できる体制を整備すること, (3)国内のARIの発生状況について, 国民や医療関係者の皆様へ情報が共有できる体制を整備することを目的にARIサーベイランスが導入されることとなった。
ARIサーベイランスは導入して間もないことから, その運用については課題も多く, 改善しながらより良い設計にしていく努力が必要であり, 引き続き多方面からご意見いただきたい。しかしながら, これまで記したとおり, 次の感染症危機対応を見据えたARIサーベイランスの導入は, わが国における感染症対策の考え方を変えた転換点といえるだろう。
「急性呼吸器感染症に関する特定感染症予防指針」の策定
ARIを感染症法の5類感染症に位置付け, ARIサーベイランスの実施により一体的な把握が可能になったことを踏まえ, その対策についても一体的に行えるよう, これまでの「インフルエンザに関する特定感染症予防指針」(以下, インフルエンザ予防指針)を廃止し, 新たに「急性呼吸器感染症に関する特定感染症予防指針」〔令和7(2025)年厚生労働省告示第296号。以下, ARI予防指針〕を令和7(2025)年11月10日に公布4)した。
ARI予防指針に期待される効果5)は, 主に3点ある。まずは, 平時における基本的な感染症対策等による発生の予防・まん延の防止, 良質かつ適切な医療の提供, 正しい知識の普及等の観点から, インフルエンザ予防指針を参考に, 国, 都道府県等, 医療関係者等が連携して取り組むべき対策が整理されたことである。次に, 取り組むべき包括的な対策を通年で講ずることにより, 個々の感染症の流行や重症者の発生を全体として抑えることが期待されることである。最後に, 新たに重篤な呼吸器感染症が発生した場合にも, 個々の感染症に分類できない感染症の動向把握により, いち早く未知の感染症の発生を覚知するとともに, 新型インフルエンザ等対策に移行するまでの間, 指針に基づく取り組みにより一定の感染拡大防止が期待できることである。
ARI予防指針の公布にあたり, 感染症法に規定される感染症のうち, ARI予防指針の対象となる感染症の類型, ワクチンや治療薬等の概要6)をまとめたことも, 新たな取り組みである。そして, 公布にあわせ, これまで毎年, インフルエンザの流行期である冬に周知を実施していた「インフルエンザ総合対策」についても, その範囲をARI全体に改め, 「急性呼吸器感染症(ARI)総合対策」7)として策定し, 周知を実施している。
さて, 病原微生物検出情報月報(IASR)1月号の特集テーマである「百日咳」は, ARI予防指針の対象疾患に含まれており, 感染症法において5類感染症の全数把握疾患の対象として位置づけられている。今般, 百日咳においては, マクロライド耐性百日咳菌(macrolide-resistant Bordetella pertussis: MRBP)の発生が注目されているが, ARI予防指針の中でも, 「薬剤耐性の発生を防止」するための適切な抗微生物薬等の選択の重要性について明記したところである。このほかARI予防指針には, 基本的な感染症対策を含む, 発生の予防およびまん延の防止, 各感染症に応じた対応等の包括的な対策について明記されている。感染症法に規定される感染症のうちARI予防指針の対象となる感染症の類型, ワクチンや治療薬等の概要および「急性呼吸器感染症(ARI)総合対策」とともに, ARIの感染症対策に当たって, ぜひご活用いただきたい。
(注)ARIサーベイランスにおける症例定義は, 「咳嗽, 咽頭痛, 呼吸困難, 鼻汁, 鼻閉のいずれか1つ以上の症状を呈し, 発症から10日以内の急性的な症状であり, かつ医師が感染症を疑う外来症例」である。
参考文献
- 厚生労働行政推進調査事業費「医療デジタルトランスフォーメーション時代の重層的な感染症サーベイランス体制の整備に向けた研究」〔研究代表者 鈴木基(国立健康危機管理研究機構)〕
- 厚生科学審議会感染症部会(第85, 86, 89, 90, 98, 99回)
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-kousei_127717.html - 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行規則の一部を改正する省令の施行について〔令和6(2024)年11月29日付感発1129第1号厚生労働省健康・生活衛生局感染症対策部長通知〕
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001361828.pdf - 急性呼吸器感染症に関する特定感染症予防指針
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001595583.pdf - 急性呼吸器感染症(ARI)に関する特定感染症予防指針の策定について(P.3)
https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/001553747.pdf - 感染症法上の急性呼吸器感染症(ARI)に関する特定感染症予防指針の対象疾患の概要について〔令和7(2025)年11月時点〕
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001595210.pdf - 令和7(2025)年度 今冬の急性呼吸器感染症(ARI)総合対策
https://www.mhlw.go.jp/stf/index2025.html
厚生労働省健康・生活衛生局感染症対策部感染症対策課
櫻庭唱子
