ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)の分子疫学

ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)の分子疫学
(IASR Vol. 47 p34-35: 2026年2月号)
細菌の分子疫学研究の基本となる解析手法が「タイピング(typing)」であり, 解析対象の菌株をタイピングすることで簡便にその菌株の特徴を類推することができる。菌種ごとに有用なタイピング手法は異なるが, 複数の菌種に対して利用できるタイピング手法も存在する。
肺炎球菌に関する分子疫学研究で利用されるタイピング手法の中で最も広く知られているのが莢膜型試験(serotyping)である。これは肺炎球菌が細胞表面に持つ莢膜多糖体の構造の違いをみる手法であり, 2025年12月現在, 少なくとも106種類の莢膜型(serotype)が報告されている1)。莢膜型は抗血清を用いた莢膜膨化法によって決定することができるが, 一部の莢膜型はPCRでも決定することができる。さらに他の多くの細菌と同様にmultilocus sequence typing(MLST)も肺炎球菌のタイピングに用いられる。肺炎球菌では7つのハウスキーピング遺伝子(housekeeping gene)の核酸配列によってsequence type(ST)が決まり, さらに各アリル番号の類似性に基づいてclonal complex(CC)が決定される。ただし, STは一意的に決定されるが, CCはデータセットによってその結果が異なる点に注意が必要である。さらに全ゲノム情報に基づいたクラスタリングを用いた新規タイピング手法(global pneumococcal sequence cluster: GPSC)も提案されている2)。
これらのタイピング手法は菌株ごとのゲノムの特徴を全体的にとらえようとするものであるが, 肺炎球菌の分子疫学解析では, ペニシリン結合タンパク(penicillin-binding protein: PBP)のアミノ酸配列を用いたタイピング手法も使用される3)。肺炎球菌はPBPのアミノ酸置換によりペニシリンを含むβ-ラクタム系抗菌薬に耐性となる。肺炎球菌はPBP1A, 1B, 2A, 2B, 2X, 3の6種類のPBPを保有しているが, その中でもPBP1A, 2B, 2Xにおける置換がβ-ラクタム系抗菌薬耐性に関与することが知られている。それぞれのPBPにおける置換の座標, パターンは多岐にわたり, これらの置換と表現型との関連性の解釈が困難である。そこで, 機械学習を用いてPBP1A, 2B, 2Xのアミノ酸配列からβ-ラクタム系抗菌薬感受性を予測するPBPタイピングが開発された(Predicting Pneumococcus Resistance to β-lactam Antibiotics, https://www.cdc.gov/strep-lab/php/pneumococcus/mics.html)。これらのアミノ酸配列はデータベース化され, それぞれの配列に番号が割り振られている。このPBPタイピングを従来のタイピング手法である莢膜型, MLST, GPSCと組み合わせることで, より解像度の高い系統関係の理解やペニシリン耐性肺炎球菌(penicillin-resistant Streptococcus pneumoniae: PRSP)の起源の探索が可能となる。
13価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13)導入以降, 本邦の小児侵襲性肺炎球菌感染症から分離された肺炎球菌の分子疫学情報がPneumocatch(ニューモキャッチ)から複数発表されてきた。これらによると, 現在本邦の小児から分離されるPRSPの多くは15A-CC63(GBSP904; 9)や35B-CC558(GPSC59)に属している。本邦で検出される15A-CC63はPBP1A-13およびPBP2B-175を保有していることが多い。このPBP1A-13は, トランスペプチダーゼドメイン内のペニシリン結合モチーフ(SXXNモチーフ)にp.STMK370-373SSMKのアミノ酸置換を有しており, この置換がペニシリン耐性に寄与していると考えられる。15A-CC63の多くはメロペネムに対しても耐性(IあるいはR)を示すため, 特に感受性が判明していない初期治療の際には注意を要する。さらに, 頻度は少ないが, セフォタキシムにも耐性を示す多剤耐性15A-CC63(ST63やST9084)株も検出されているため, 今後の動向に注意が必要である。
PBP1A-13は, 15A-CC63以外のクローンに属するPRSP株からも検出される。本邦においては, ペニシリンの最小発育阻止濃度(MIC)が≧1 μg/mLの株に限定すれば, 約8割の株がPBP1A-13を保有しており, PBP1A-13を含んだ遺伝子領域が自然形質転換により異なる肺炎球菌クローン間を伝播していることが推察される。この遺伝子組換え能力がPRSPを発生させる駆動力の1つと考えられる。
本邦におけるもう1つの代表的なPRSPクローンである35B-CC558は, 15A-CC63とは全く異なるPBPプロファイルを示し, PBP1A-4, PBP2B-7, PBP2X-7を保有している。北米を中心とした諸外国の35B-CC558株は, 日本株と同一のPBPプロファイルを持っている。このことから35B-CC558クローンはPBP領域に変化(遺伝子組換え)を起こす前に急速に世界中に拡散した可能性が考えられる。Shinoharaらの報告によると, 本邦で検出される35B-CC558内には複数のサブクラスターが存在しており, 同クローンの本邦への流入が複数回あった(いずれも2000年前後と推定される)と考えられる4)。
新規の肺炎球菌結合型ワクチンの導入にともなってヒトが保菌している肺炎球菌集団に選択圧がかかり, 分子疫学が必ず変化する。適切なサーベイランス体制を構築し, 経時的な分子疫学を明らかにすることで, ワクチン導入による肺炎球菌集団に対する影響を把握し, 新規クローンの出現や流行を知ることができる。情報公開を含めた肺炎球菌の分子疫学解析プラットフォームの構築が重要である。
参考文献
- The Global Pneumococcal Sequencing Project
https://www.pneumogen.net/gps/#/ - Gladstone RA, et al., EBioMedicine 43: 338-346, 2019
- Li Y, et al., mBio 7: e00756-16, 2016
- Shinohara K, et al., Antimicrob Agents Chemother 67: e0108322, 2023
国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所
薬剤耐性研究センター
中野哲志 小出将太 菅原 庸 菅井基行
