メタゲノム解析を端緒に判明した莢膜を欠く肺炎球菌による結膜炎患者の集積事例―富山県

メタゲノム解析を端緒に判明した莢膜を欠く肺炎球菌による結膜炎患者の集積事例―富山県
(IASR Vol. 47 p57-58: 2026年3月号)
背景
結膜炎は, ウイルス, 細菌, アレルギーなどに起因し, なかでもアデノウイルスによる流行性角結膜炎はしばしば集団感染の原因となる。一方, 細菌性結膜炎はウイルス性結膜炎と比較して報告数が少ない1)。感染症発生動向調査において, 2025年1~6月, 富山県内の1眼科定点医療機関から断続的に95例の急性出血性結膜炎が届出されたため, 富山県衛生研究所(富山衛研)では, これらの患者のうち3~4月に発症した22例の眼粘膜ぬぐい液についてウイルス遺伝子検査を実施したが, すべて陰性であった。そこで, 富山衛研は国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所(感染研)病原体ゲノム解析研究センターに次世代シーケンサーによるメタゲノム解析を依頼した。その結果, 莢膜を欠く肺炎球菌(nonencapsulated Streptococcus pneumoniae: NESp)による結膜炎の地域流行事例であることが判明したので, 今回報告する。
方法
2025年1~8月に眼科定点医療機関を受診した106例の結膜炎患者(うち95例は急性出血性結膜炎として届出あり)のうち, 33例(うち22例は急性出血性結膜炎として届出あり)について眼粘膜ぬぐい液を採取し, エンテロウイルス, コクサッキーウイルスおよびアデノウイルスに対するreal-time PCR(qPCR)検査を実施した。このうち5検体については, 感染研病原体ゲノム解析研究センターにおいて, 臨床検体から次世代シーケンサーによるメタゲノム解析を実施し, 網羅的な病原体探索を行った。33検体については, 肺炎球菌のlytA遺伝子を対象としたqPCR検査および肺炎球菌の培養検査を実施した。分離した肺炎球菌は, 感染研細菌第一部で血清型別およびmultilocus sequence typing(MLST)による遺伝子型別を, 富山衛研ではNGSデータを取得してcps領域の遺伝子解析を実施した。また, 33例については患者の聞き取り調査から臨床像, 推定感染源等を把握した。
結果
臨床検体を用いたqPCR検査では, 全検体においてウイルス遺伝子は検出されなかった。メタゲノム解析では, 4/5検体から肺炎球菌由来の遺伝子配列が検出された。そこで, 臨床検体についてlytA遺伝子のqPCR検査を実施した結果, 14/33検体が陽性となった。また, 培養検査の結果, 10/33検体から肺炎球菌が分離された。18検体が肺炎球菌陽性(培養またはlytA遺伝子陽性)であった。分離された肺炎球菌10株は, すべての抗血清と反応せず, 墨汁染色で莢膜を認められない株であった。MLST解析では, 9株はST14236, 1株はST14236と1アリル(gki)が1塩基のみ異なる新規のSTであった。分離株のcps領域の遺伝子配列を解析した結果, 莢膜を合成する遺伝子群や表面タンパク抗原をコードするpspK遺伝子は保有しておらず, オリゴペプチド結合タンパク質をコードする遺伝子(aliC, aliD)を保有していた。
疫学調査の結果, 第12週をピークに, 第3~35週にかけて106例が確認された(図)。患者年齢は, 14歳以下が43%(46例), 30~69歳が47%(50例)を占めた。33例の患者臨床像について解析した結果, 約8割に両眼性に眼脂, 結膜充血, 濾胞形成の所見が認められ, 42%(14例)に咽頭痛, 咳等の気道症状が認められた。また, 17例は感染場所として家庭内, 学校, 保育施設が推定されたが, 残りの16例は不明であった。肺炎球菌陽性患者(18例)と陰性患者(15例)の結膜炎症例の臨床像には統計学的に有意な相違は認められなかった。
考察
本事例では, 原因と思われるウイルス種は検出されなかったが, 臨床検体のメタゲノム解析を実施することにより病因物質が肺炎球菌である可能性が浮上し, 培養検査の結果, 複数検体からほぼ同一のクローンのNESpが分離された。本事例以前には, 当該地域において同様の結膜炎症例の集積はなかったため, 肺炎球菌陰性の症例を含め, 本結膜炎集積事例の主体はNESpによるものと考えられた。富山県内の1保健所管内において, NESpが, 学校, 保育施設, 家庭内での飛沫, 接触感染を介して感染伝播したことが推定された。
NESpは, 免疫回避能は低いが, 粘膜上皮への接着性やバイオフィルム形成能が高く, 上気道や眼表面での定着や感染に関与することが知られている2)。これまでにも, NESpによる結膜炎の集団感染事例は海外で報告されているが3), 国内の集団感染事例の報告はこれまでにない。最近, 肺炎球菌がpspK遺伝子を取り込むことでNESpに形質転換され, 肺炎球菌結合型ワクチンの免疫逃避をすることが示唆されている4)。国内で2011~2019年に実施された非侵襲性肺炎球菌株(n=4,463)の分子疫学調査において, 71株(1.6%)のNESpが分離され, うち67株(94.4%)がpspK遺伝子を保有していたと報告されている5)。一方で, 結膜炎由来株の多くはpspK遺伝子を保有せず, aliCおよびaliD遺伝子を保有するという既報6)と同様の結果が本事例においても認められた。これらの遺伝子産物は補体C3bの沈着を低減し, 古典経路依存的な菌クリアランスに寄与することが知られており7), 結膜表面環境への適応に関連している可能性が示唆される。本事例は, メタゲノム解析を端緒として発見した国内におけるNESpによる結膜炎集積事例の貴重な報告例として位置づけられ, 今後の眼科感染症に対する公衆衛生対応において重要な知見となると考えられる。
参考文献
- Azari AA, Amir A, J Ophthalmic Vis Res 15: 372-395, 2020
- Keller LE, et al., mBio 7: e01792-15, 2016
- Martin M, et al., N Engl J Med 348: 1112-1121, 2003
- Wajima T, et al., Microbes Infect 22: 451-456, 2020
- Kawaguchiya M, et al., Int J Infect Dis 105: 695-701, 2021
- Valentino MD, et al., Nat Commun 5: 5411, 2014
- Thompson CD, et al., mBio 14: e03325-22
富山県衛生研究所
金谷潤一 大島萌愛 齋藤和輝 吉田琴羽 矢澤俊輔 谷 英樹
田村恒介 前西絵美 笹島 仁 石田美樹 大石和徳
富山県砺波厚生センター
小林 夢 笹田浩二 角 園子 松倉知晴
森田眼科医院
森田恒史
国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所
病原体ゲノム解析研究センター
橋野正紀 堀場千尋
細菌第一部
常 彬 明田幸宏
