2025年に富山県で発生した腸管凝集付着性大腸菌による集団食中毒事例について

2025年に富山県で発生した腸管凝集付着性大腸菌による集団食中毒事例について
(IASR Vol. 47 p92-94: 2026年5月号)
腸管凝集付着性大腸菌(Enteroaggregative Escherichia coli : EAEC)は, 典型的な下痢原性大腸菌カテゴリーに属し, 途上国の乳幼児下痢症患者から高頻度に分離されるとされている1)。しかしながら, わが国ではEAECによる食中毒および集団発生事例の報告は少なく2-4), 自然界におけるEAECの分布も明らかでない1)。
2025年10月, 富山県内の宿泊施設で井戸水を原因とするEAEC集団食中毒事例が発生したので, その概要を報告する。
事例概要
2025年10月16日, 長野県から「富山県に遠征したスポーツチームの複数名が下痢, 発熱, 嘔吐を呈している」と富山市保健所に連絡があった。その後, 同施設を利用した長野県および福井県のチームや, スポーツチーム以外(埼玉県)の利用者も同様に消化器症状を呈していることが判明した。有症者の検便が長野, 福井, 埼玉3県の管轄保健所において実施され, EAEC Og92:Hg33のみが共通して検出された。
疫学調査の結果, 患者数は施設利用者85名のうち60名であった(表)。年齢層別では10~14歳が48名(中央値14歳), 15~19歳が8名(中央値15歳), 20~29歳, 30~39歳, 40~49歳および50~59歳がそれぞれ1名ずつであった。症状別では, 下痢が52名, 腹痛が41名, 発熱が34名, 嘔吐が17名であり(重複あり), 入院例等の重症例はなかった。患者発生が一峰性であり, 同一曝露の可能性が推察された。患者らの共通行動は当該施設での11日夕食の喫食のみであったことから, 調査当時, 感染源は11日夕食の可能性が高いと考えられた。
10月21日, 富山市保健所による当該施設立ち入り検査時, 厨房給水栓から採水した井戸水から残留塩素は検出されなかった。食品の残品はなかったため, この井戸水のみが富山県衛生研究所(富山衛研)に搬入された。富山衛研では, 富山県水質検査業務管理要綱に準じ, 水質検査として一般細菌数, 大腸菌数定量および病原性大腸菌定性の項目が実施された。一般細菌数では, 井戸水1mLと標準寒天培地を混釈し, 36 ℃で24時間静置してコロニーカウントにより生菌数を算出した。大腸菌数定量では, 井戸水を100mL分取し, コリラートと混合してQuanti-Trayに注ぎ, 密閉した。36 ℃で25時間培養し, 大腸菌陽性ウェル数からmost probable number(MPN)を算出した。病原性大腸菌定性では, 井戸水3Lを孔径0.45μmのメンブレンフィルターでろ過し, フィルター上の沈渣をPBS(-)10 mLで懸濁した。これを同量ずつ緩衝ペプトン水, mEC培地およびノボビオシン加mEC培地にそれぞれ添加して37 ℃で18時間増菌培養した。各増菌培養液をDHL寒天培地およびX-MG寒天培地に塗抹して37 ℃または42 ℃で22時間培養した。大腸菌様コロニーが得られたら, 釣菌してDNAを抽出し, マルチプレックスPCR法(EpAll, ExEC)5)にて主要な病原因子を探索した。同時に, 鑑別培地を用いて性状確認を行った。一連の井戸水の細菌検査の結果, 一般細菌数1.4×102 CFU/mL, 大腸菌数1.0 MPN/100 mLとなり, 大腸菌Og92:Hg33が検出された(表)。病原因子はaggR遺伝子のみ検出されたことから, 本分離菌株はEAECであることが判明した6)。したがって, 井戸水にEAECが混入していたことが明らかになった。
施設調査結果等
(1)11日夕食の調理工程
11日夕食では, カレーライス, ささみチーズカツ, ポトフ, バナナおよび千切りキャベツが提供された。千切りキャベツは前日に井戸水で洗浄後, 冷蔵庫で保存されたものが当日に提供された。その他のメニューは当日に調理および提供された。食事時には, 沸かしたお茶および生水(井戸水)が提供された。利用者らは加熱工程のない千切りキャベツおよび飲料水を介してEAECを摂取したと考えられた。患者60名が11日夕食を摂取してから発病までの期間は, 24時間以内が1名, 48時間以内が8名, 72時間以内37名, 96時間以内が9名, 120時間以内が5名であり, 患者の77%(46/60名)が72時間以内に発病した。潜伏期間および症状がEAECによる食中毒事例とおおむね一致した1)。
(2)施設の管理状況等
給水は, 上水道が予備的に整備されているが, 通常時は自家用井戸の井戸水が使用されている。地下に埋設された受水槽から高置水槽までポンプで押し上げられる際, 井戸水に塩素が注入される。井戸水の水質検査は直近1年間実施されていなかったものの, 本事例発生直前には業者による殺菌装置の点検が実施されていた。受水槽は, 地下に埋設された構造であり7), 直近では2025年1月に槽内清掃が実施されていた。トイレからのし尿は単独処理浄化槽で処理されている。浄化槽は, 法定検査未受検であったが, 保守点検および清掃は定期的に実施されていた。10月24日に緊急点検を実施した結果, 漏水を含めた異常は確認されなかった。調理従事者2名は, まかないとして11日夕食に同メニューを喫食していたが, 事例発生後健康状態には問題がなく, 検便および10月21日立ち入り時の厨房等でのふき取り検査では, EAECは検出されなかった。
食品衛生法第60条の規定により, 当該施設を2025年10月23~25日まで営業停止処分とした。危害分析重要管理点(hazard analysis and critical control point: HACCP)に沿った衛生管理を徹底し, 特に井戸水の管理については営業前の残留塩素濃度の確認および記録をつけるよう指導した。
分子疫学的解析
井戸水および患者分離菌株間の同一性を明らかにするため, 次世代シーケンス(NGS)による全ゲノム解析を実施した。菌株は各自治体で分離された患者分離菌株および富山衛研で分離された井戸水分離菌株計33株を用いた。対照株はEAEC 042株のコンプリートゲノム配列情報(NCBI Reference Sequence: NC_017626.1)を用いた。その結果, 全分離菌株間で検出された単一塩基多型(SNP)数は最大で2カ所であり, これらは非常に近縁であった(図)。疫学情報と照合し, 本事例の病因物質はEAECであることが明らかになった。
考察
本事例の発生原因は消毒不十分な井戸水であったが, 井戸水の汚染原因は不明であった。地下受水槽では, 事例発生後に清掃および受水槽内面のコーティングが実施された。しかしながら, 地下受水槽自体は外部からの点検が困難な構造である7)ことから, 今後も使用を継続する場合は改善が必要と考えられる。
菌株の同一性を解析する手法として, 従来パルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)法が使用されてきたが, 製品の販売終了および機器サポートの終了により, 代替法が検討されつつある。本解析においては, 代替法として全ゲノム解析を実施した。全ゲノム解析はPFGE法と比較して, より客観的な評価が可能であることから, 複数の自治体間での結果共有に有用であった。
わが国において, 文献報告されているEAEC集団食中毒事例数は少なく, 井戸水によるEAEC感染事例の報告も少ない1)。本事例は井戸水を原因としたEAEC集団食中毒事例の貴重な報告例である。富山県は地下水源が豊富であり, 井戸水を使用する施設が多数存在することから, 本事例は富山県において公衆衛生対策を講じるうえで貴重な情報となる。
参考文献
- Jansen BH, et al., Clin Microbiol Rev 27: 614-630, 2014
- Harada T, et al., JJID 60: 154-155, 2007
- Yatsuyanagi J, et al., J Clin Microbiol 40: 294-297, 2002
- Itoh Y, et al., J Clin Microbiol 35: 2546-2550, 1997
- Ito K, et al., Microbiol Immunol 58: 467-473, 2014
- 伊藤健一郎ら, IASR 33: 5-7, 2012
- 公益社団法人鹿児島県薬剤師会試験センター, 地下に埋設されている受水槽を設置(管理)されている方へ
https://kayaku.app.box.com/s/mzb3lcxpw0iow4tgrl332vvy96yzpprv
富山県衛生研究所
齋藤和輝 木全恵子 金谷潤一 池田佳歩 大島萌愛 清水ひな 大石和徳
富山市保健所
山田雅俊 瀧波賢治
富山県厚生部生活衛生課
西尾恵美里
長野保健福祉事務所
塚田昌大
松本保健福祉事務所
長瀬有紀(現所属:長野県健康福祉部疾病・感染症対策課)
長野県健康福祉部食品・生活衛生課
福井秀樹
福井市保健所
山岸寛明 佐藤一博
福井県衛生環境研究センター
永田暁洋
福井県健康福祉部健康医療局医薬食品・衛生課
橋本年弘
川越市保健所
奥野純子 丸山 浩
