新興・再興感染症に対する病原体検査体制構築初動訓練について

新興・再興感染症に対する病原体検査体制構築初動訓練について
(IASR Vol. 47 p108-109: 2026年6月号)
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)や新型インフルエンザなどパンデミックポテンシャルの高い新興・再興感染症の発生は公衆衛生上の重大な脅威となり, こうした感染症の発生初期における全国規模の病原体検査体制の構築は, 感染症対策においては非常に重要となる。令和4(2022)年12月の「感染症法」一部改正および令和5(2023)年5月の指針改正に基づき, 国は国立感染症研究所(感染研)と地方衛生研究所等(地衛研等)との連携強化, および技術的支援の実施を明文化した。これを受け, 新興・再興感染症の発生初期において, 全国の検疫所や地衛研等が迅速に検査を実施できるように, 感染研で開発した新規検査系を全国の検疫所や地衛研等に展開して, 検査体制を確立するプロセスの実行性を確認するための実践的な訓練を平時から行うことを目的にした「病原体検査体制構築初動訓練」が病原体検査体制訓練事業により令和6(2024)および7(2025)年度に実施された。
令和6(2024)年度は, 海外で既存の検出法では検出できない変異したH5亜型高病原性鳥インフルエンザウイルス(HPAIV)が出現してヒト感染例が急増しているという事態を想定し, 感染研にて従来法を更新した変異H5亜型のHA遺伝子を特異的に検出可能なone-step real-time RT-PCR法を用いた訓練が実施された。本訓練では, 埼玉県, 東京都, 山口県, 愛媛県の4地衛研における複数の機器や試薬条件下での動作確認を経たうえで, 確定した検査マニュアルおよび検査試薬(プライマー, プローブ, 陽性コントロール)を地衛研等と民間検査機関に緊急配布する形で実施し, 検疫所に対しては, 成田検疫所にて検査系の動作確認を経て作成した検疫所用共通検査マニュアルと検査試薬を配布する形で実施し, 地衛研等(88施設), 民間検査機関(2施設)および検疫所(14施設)の計104施設が本訓練に参加した。
令和7(2025)年度は, 海外で発生した中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)変異株を対象とし, 従来のMERS-CoV検出マニュアルでは検出できない変異株が出現したという想定で, ORF1a遺伝子を特異的に検出する検出系を用いた訓練が実施された。本訓練では, 岡山県, 埼玉県, 千葉県, 豊田市, 名古屋市の5地衛研における複数の機器や試薬条件下での動作確認を経たうえで確定した検査マニュアルおよび検査試薬を地衛研等と民間検査機関に緊急配布する形で実施し, 地衛研等(96施設), 民間検査機関(2施設)および検疫所(14施設)の計112施設が本訓練に参加した。
未知の病原体や変異株の出現等による新興・再興感染症の発生初期においては, 市販の検査試薬キットが普及するまでには一定の時間を要するため, その間は全国の検疫所や地衛研等が自施設で実施する自家調製検査(laboratory developed test: LDT)による検査が公衆衛生対策の中心となり, 検疫所や地衛研等が平時から使用しているreal-time PCR機器や試薬を活用して新規検査系を立ち上げることで, 全国規模の検査が実施可能となる。各施設が日常的に使用しているPCR機器(施設ごとに異なる様々なreal-time PCR機器が用いられている)および反応試薬(施設ごとに普段使用している反応試薬が異なる)を用いて検証を行った結果, 動作確認のプロセスでは両年度とも98%(両年度ともに90施設のアンケート結果を集計)の施設において「良好〔低コピー数(約5copies/反応)を検出〕」となった。動作確認に要した時間の中央値は5.5時間で, 多くの施設が検査試薬を受領後, 迅速に検査対応を開始できることが確認され, これらの施設における初期の検査体制構築能力は極めて高いことが示された。また, 本訓練で示した検査マニュアルに記載した以外の試薬でも良好な結果を示した施設もあり, 既存のインフラを活用した初動検査体制構築の柔軟性についても確認することができた。
新興・再興感染症の発生初期に, まだ薬事承認された検査試薬が存在しない間は, LDTによる全国規模の検査体制の確立が非常に重要となる。本訓練を通じ, 有事の際に感染研が示す検査法を, 各検査機関において即座に検査系を立ち上げるためのノウハウとして習得することは, 公衆衛生対策における持続的な検査機能確保の強化にも有用と考えられる。また, 改正感染症法に基づく検査措置協定により, 自治体等は, 民間検査機関や大学等への技術移転, 陽性コントロールの分与, 精度管理について平時からの実施が求められている。本訓練をこれら協定締結機関への技術支援ツールとして活用することで, 特に検査需要急増時の地域における検査体制整備に有用となると考えられる。
また訓練を通じて, 民間検査機関を交えた重層的な連携体制を構築することにより, 検査需要の急増時に生じる地衛研等での検査処理能力の逼迫を緩和し, 地域における検査供給の持続性を高めることも期待でき, これにより培われる感染研, 検疫所, 地衛研等, 民間検査機関等との連携は, 将来の未知の感染症(Disease X)に対するわが国の検査初動対応能力を担保する基盤になると考えられる。
今後, PCR機器および試薬の適応性については, 訓練結果に基づく体系的なフィードバック評価を通じて精査を進め, 緊急時における感染研から全国検査機関等への試薬等の供給体制の最適化を図る必要がある。また, 自治体等は, 民間検査機関との連携, とりわけ検査措置協定機関への技術移転を一層深化させることが求められる。これらの取り組みを本事業として継続的に推進することにより, わが国の感染症危機管理能力が質的に向上し, 検査体制の強靱化を通じて国民の安全確保に寄与すると考えられた。
国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所
検査診断技術研究部
影山 努 竹前喜洋 百瀬文隆 Yen Doan 久場由真仁 上野みなみ 荒木久美子
感染症危機管理研究センター
吉見逸郎
