麻疹排除と風疹排除を一体的に進めることの有用性と課題に関する考察

麻疹排除と風疹排除を一体的に進めることの有用性と課題に関する考察
(IASR Vol. 47 p129-130: 2026年7月号)
世界的には, 麻疹排除と風疹排除は, 麻しん風しんを含む混合ワクチン, 発熱・発疹症例を対象とするサーベイランス, 検査室ネットワークという共通基盤のうえで, 一体的に進めるべき課題と位置づけられている。世界保健機関(World Health Organization: WHO)の麻疹・風疹排除認定の枠組みは, 両疾患の排除要件の整合を図るとともに, 風疹サーベイランスを麻疹排除活動に統合する考え方を示している1)。また, WHOのMeasles and Rubella Strategic Framework 2021-2030は, 麻疹・風疹対策を地域に根差した保健医療システム全体としての一次医療(primary health care: PHC)およびuniversal health coverage(UHC)の一環として位置づけ, 両疾患に共通する公衆衛生基盤を強化する方向性を示している2)。ここでいう共通基盤には, ワクチン接種, 疑い例の探知, リスク評価, 検査, 疫学調査, 情報共有, アウトブレイク対応, 等が含まれる。これらを別々に整備するのではなく, 日常の保健医療活動の中で一体的に運用することが重要となる。特に, 感染性が極めて高く, 高い集団免疫の維持が必要である麻疹の流行は, 健康格差の指標(いわば「炭鉱のカナリア」)として機能する, とされる。すなわち, 麻疹の流行は, 単に免疫上のギャップのみならず, PHCやUHCにおけるギャップ, すなわち公衆衛生システムにおける弱点を特定するのに役立つとされている2)。
麻疹と風疹の対策を一体的に進める利点として, 第1に, ワクチン施策の効率性が挙げられる。世界194カ国のうち175カ国(90%)が麻しん風しんを含む混合ワクチンを使用している3)。麻しんワクチンの多くは風しんワクチンと組み合わせて提供されており, 両疾患を別々に扱うよりも, 費用と運用の両面で効率的である2)。麻疹対策を強化することは, 風疹対策の強化にもつながりやすく, 風しん含有ワクチンの導入は, 麻疹対策との連動の中で実施しやすい。
第2に, サーベイランスと検査体制を共有できる。WHOは, 疾患別に分断された垂直的なサーベイランス体制から転換し, 疾病対策プログラム間でサーベイランス能力, 検査室ネットワーク, 精度管理の仕組みを共有・強化することで, 効率的で持続可能かつ包括的な体制を構築できるとしている2)。カリブ地域では, 既存の麻疹単独サーベイランスを基盤として, 1998年11月に風疹サーベイランスが統合された。1995~2000年を通じて, 検査により除外された麻疹・風疹疑い例の割合は94-99%と高水準で維持され, 疑い例の48時間以内の調査率は89%から95%に改善した。統合サーベイランスは, 麻疹単独サーベイランスと同等に有効かつ効率的であったと報告されている4)。
第3に, 一体的対策は, 公衆衛生体制の弱点を明らかにし, その改善につなげる機会となる。WHOは, 麻疹のアウトブレイクは, 予防接種を十分に受けられていない集団や, 保健医療サービスが十分に行き届いていない地域等があることを示す重要なサインであるとしている2)。患者の発生を単なる症例数の増減としてではなく, 前述したように「炭鉱のカナリア」として, 公衆衛生体制の強化すべきポイントとして捉えることが重要である2)。
一方, 麻疹と風疹は, 疫学的・公衆衛生学的な特徴が異なる。両者はともに急性の発熱・発疹性疾患であり, サーベイランスを一体的に行いやすい。しかし, 麻疹は感染性が極めて高く, 地域, 年代, 特定集団に生じる免疫ギャップはアウトブレイクにつながりやすい。他方, 風疹対策では, 妊娠初期の感染による流産, 死産, 胎児死亡, 先天性風疹症候群(congenital rubella syndrome: CRS)を防ぐことが中心的な課題となる3)。したがって, 両疾患を共通の枠組みで監視することは有用であるが, 統合は両疾患の対策を同一化することを意味しない。統合サーベイランスで把握された風疹罹患妊婦については, 妊娠の経過を見守り, 出生後もCRSや先天性風疹感染の発生を把握することが臨床・公衆衛生上の対応として有用である5)。すなわち, 風疹対策は, 麻疹サーベイランスへの統合だけでは完結せず, 妊婦の探知・追跡, 出生後までを含めた対応が必要である。
さらに, 麻疹・風疹排除達成後の体制維持は課題である。WHOアメリカ地域(PAHO)では, 地域としての風疹排除が2015年, 麻疹排除が2016年に確認された後, 認定を担った専門家委員会は一旦解散された。しかし, その後も輸入麻疹を起点とする伝播が続き, 2018, 2019年にそれぞれベネズエラとブラジルが麻疹排除ステータスを失なった6)。PAHOは2019年に, 排除状態の継続的な監視と再認定を担う地域委員会を新たに設置した。排除達成後も, 高い接種率, 質の高いサーベイランス, 検査体制, 迅速なアウトブレイク対応という公衆衛生体制を維持し, 政治的関心と必要な資源を確保することが重要である6)。
以上より, 麻疹と風疹の排除を一体的に進めることは, 麻しん風しんを含む混合ワクチンの活用, サーベイランス・検査体制の共有, 公衆衛生体制の強化, という点で有用である。一方, 麻疹の高い感染性と, 風疹におけるCRS対策の必要性を踏まえ, 統合のもとでも疾患ごとのきめ細やかな対策を維持することが排除達成・維持に不可欠である。
参考文献
- WHO, WER 88: 89-98, 2013
- WHO, Measles and rubella strategic framework: 2021-2030
https://www.who.int/publications/i/item/measles-and-rubella-strategic-framework-2021-2030 - Crowcroft NS, et al., Rev Panam Salud Publica48: e90, 2024
- Irons B, et al., J Infect Dis 187(Suppl 1): S153-S157, 2003
- WHO, Congenital Rubella Syndrome: Vaccine Preventable Diseases Surveillance Standards
https://www.who.int/publications/m/item/vaccine-preventable-diseases-surveillance-standards-crs - Andrus JK, et al., Rev Panam Salud Publica 48: e93, 2024
国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所
応用疫学研究センター
砂川富正
