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世界のマラリア対策プログラムとグローバルファンド

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世界のマラリア対策プログラムとグローバルファンド

(IASR Vol. 47 p142-143: 2026年8月号)

1.2030年のマラリア排除に向けた世界の現状と課題

マラリアは依然として世界で最も重要な感染症の1つであり, 世界保健機関(WHO)の2024年推計では世界80カ国で約2億8,200万人が感染し, 約61万人が死亡した1)。その約95%の患者と死亡者はサハラ以南アフリカで発生し, 死亡者の75%は5歳未満の小児である。WHOは“Global Technical Strategy for Malaria 2016-2030”において, 2030年までに2015年と比較して患者数・死亡数を90%以上減少させ, 35カ国以上でマラリア排除(elimination)を達成することを目標としている。しかし近年は, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックに加え, 薬剤耐性原虫や殺虫剤抵抗性媒介蚊の出現と拡散などにより進捗は停滞し, 新たな対策の強化が求められている。

2.WHOが推進するマラリア対策の基本戦略

世界のマラリア対策は, 1998年に開始されたRoll Back Malaria(RBM)イニシアティブを契機として大きく発展した。現在はRBM Partnership to End Malariaとして, WHO, 国連児童基金(UNICEF), 国連開発計画(UNDP), 世界銀行をはじめ, 各国政府, 研究機関, 民間企業, NGOなどが参画する国際連携の枠組みとなっている。特にWHOが推進する対策は, (1)媒介蚊対策, (2)迅速診断と適切な治療, (3)サーベイランス, (4)研究開発, の4本柱から構成される。中でも長期残効性殺虫剤処理蚊帳(LLINs)や屋内残留性殺虫剤散布(IRS)による媒介蚊対策は最も費用対効果の高い介入法とされる一方, ピレスロイド抵抗性ハマダラカの拡散に対応するため, クロルフェナピルやクロチアニジンを用いた次世代LLINsやIRSの導入が進められている。

3.診断・治療・ワクチンの進歩

診断と治療も大きく進歩してきた。治療の標準はアルテミシニン併用療法(ACT)であるが, メコン地域で出現したアルテミシニン耐性は近年アフリカにも広がりつつあり, ゲノムサーベイランスを含めた継続的な監視が不可欠となっている。診断では迅速診断キット(RDT)が広く普及した一方, pfhrp2/3遺伝子欠損株による偽陰性が新たな課題となっている。Malaria-LAMP法(栄研化学株式会社)や多項目自動血球分析装置XN-31(シスメックス株式会社)などの新しい診断技術は, 無症候性・低密度感染の検出能力を向上させ, 排除段階における重要なツールとして期待されている。また, 2021年にはRTS, S/AS01(Mosquirix®), 2023年にはR21/Matrix-M(CYVAC®)などのワクチンがWHOに推奨され, アフリカで小児への接種が開始された。ワクチンは重症化と死亡の減少に大きく貢献する一方, 供給体制や持続可能な資金確保が今後の課題である。

4.世界のマラリア対策を支えるグローバルファンド

こうした世界戦略を財政面から支える最大の機関が, 2002年に設立されたグローバルファンド(The Global Fund to Fight AIDS, Tuberculosis and Malaria)である。グローバルファンドはエイズ, 結核, マラリアを対象とする成果志向型の国際基金であり, 各国が策定した国家戦略計画(National Strategic Plan)に基づいて資金を供与している。これまで数百億ドル規模の資金が投入され, LLINs, RDT, 抗マラリア薬, サーベイランス体制などの整備を支援し, グローバルファンド支援国では, 2002年以降, マラリア死亡率が約51%, 罹患率が約26%低下したと報告されている。日本も創設以来, 主要ドナー国として資金面・技術面の双方から重要な役割を担ってきた。

5.科学的質を担保する案件形成とTRPの役割

グローバルファンドの特徴は, 資金を配分するだけではなく, 科学的根拠に基づいて各国の事業を磨き上げる仕組みにある。まず各国のCountry Coordinating Mechanism(CCM)が保健省, 国際機関, NGOなどと協議してFunding Requestを作成する。これをTechnical Review Panel(TRP)がWHOガイドラインとの整合性, 疫学的妥当性, 実施可能性, 費用対効果などの観点から独立して審査し, 改善のための技術的勧告を行う。その後, Grant Approvals Committee(GAC)の審査, 事務局とPrincipal Recipient(PR)によるGrant-makingを経て理事会で承認され, 実施段階ではLocal Fund Agent(LFA)が資金管理と事業進捗を監査する。このような透明性の高い審査体制が, グローバルファンド事業の質を支えている。

6.第8次グラントサイクルと今後の財政的課題

現在進行中の第8次グラントサイクル(Grant Cycle 8:2027~2029)では, 三大感染症対策全体に約107.8億ドル, そのうちマラリア対策には約35.4億ドル(全体の32.8%)が配分されている。資金は世界60の国・地域へ配分され, ナイジェリア, コンゴ民主共和国, ウガンダなど, 疾病負荷の高いサハラ以南アフリカ諸国が大半を占める。一方で, 近年は国際的な財政環境の悪化が大きな課題となっている。日本政府は創設以来の主要ドナー国であるが, 第8次増資(2026~2028)では拠出額が前回誓約額から約52%削減された。これは日本の国際保健分野への貢献の縮小にとどまらず, 高い疾病負荷を抱える国々のマラリア対策にも影響を及ぼすことが懸念される。限られた資源で最大の健康増進効果を生み出すためには, 科学的根拠に基づく資源配分と事業評価の重要性がこれまで以上に高まっている。

7.2030年のマラリア排除に向けた展望

筆者は2017~2021年までグローバルファンドTRPの委員として, 世界各国のマラリア対策事業の審査に携わった。TRPで重視されるのは, 案件を単に「採択するか否か」を判断することではない。各国との建設的な対話を通じて, 限られた資源で最大の健康増進効果が得られる事業へと改善することである。実際の審査では, 「この案件をいかに優れたグラントへと磨き上げるか」という視点から活発な議論が行われる。また, ワクチン導入についても, その有効性だけではなく, LLINs, ACT, RDT, サーベイランスとの最適な資源配分という観点から慎重な検討が重ねられてきた。2030年のマラリア排除目標の達成は決して容易ではない。しかし, WHOの科学的戦略とグローバルファンドの持続的な支援を両輪とし, ワクチン, 高感度診断法, ゲノムサーベイランス, さらにはAIや衛星リモートセンシングを活用したリスク評価などの革新的技術を地域の疫学に応じて統合することにより, 世界はマラリア排除へ向けた新たな段階へ進むことが期待される。

参考文献

  1. WHO, World malaria report 2025
    https://www.who.int/publications/i/item/9789240117822
 
  国立健康危機管理研究機構国立国際医療研究所   
   熱帯医学・マラリア研究部
    狩野繁之

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