東南アジア地域におけるマラリアを媒介するハマダラカに関して

東南アジア地域におけるマラリアを媒介するハマダラカに関して
(IASR Vol. 47 p144-146: 2026年8月号)
マラリアは蚊媒介性の感染症として知られている。世界的なマラリア対策プログラムは2000~2024年の間に推定1,400万人の命を救ったが, 薬剤耐性原虫の増大により長年の苦労で勝ち取った成果が損なわれる恐れがあることが世界保健機関(WHO)の新しい報告書(World malaria report 2025)で明らかになった1)。マラリアは, 2024年には推定で前年度より約900万件多い約2億8,200万件の症例と約61万人の死亡が発生し, 感染者と死亡者全体のほぼ3分の2は, わずか11のアフリカ諸国での発生とされている1)。報告書が指摘している最も深刻な脅威の1つは, 薬剤耐性の増加, 特にマラリアの第一選択治療の柱であるアルテミシニンに対する耐性の増加が要因とされている。
マラリアを媒介する蚊はハマダラカ属(Anopheles)のみであることが知られているが, ハマダラカ属には約500種あり, その中の約100種がマラリア原虫を媒介, 約40種が主要ベクターとして存在しているが, 地域ごとに種が異なり, 行動特性も多様性を示している。その伝播能力を規定する要因は, 1)好んでヒトから吸血し,しかも十分な密度(数)のあること, 2)マラリア原虫が蚊体内で発育できること, 3)体内で発育したスポロゾイトを多くのヒトに伝染させるに必要な寿命の長さをもつこと, などである。これらの条件を満たすハマダラカは, 種により異なった生息条件を選ぶ。特にこの条件は幼虫(ボウフラ)において選択的である。例えば東南アジアで最も普遍的なマラリア媒介性ハマダラカはAnopheles minimusと呼ばれる種で, 幼虫は山麓または山間の小川のよどみに発生する。例えば東南アジア(特にメコン地域)では, バンコク, ハノイやホーチミンなどの大都市では現在マラリア感染はないが, 森林地帯や山間部では近年マラリア感染の増加傾向がみられている。これは, 都市化などによって主要ベクターとして存在していたAn. minimusからAn. dirusに主要ベクターが変わっていることによる。
ベトナム・カインホア省カンフー地区では, An. dirusが毎月採集され, 1人1夜当たりの平均吸血密度(1人当たり1晩に何匹の蚊が吸血しに来て捕獲されたか)は3.5匹程度とされている(表)2-4)。図に示すように, An. dirusは日没直後にヒトへの吸血を開始し, 20:00~22:00に主ピーク, そして0:00~2:00にセカンドピークがみられる。ベトナムにおける以前の報告でも, An. dirusの同様の吸血リズムが確認されている。しかし, タイおよびラオスでは, An. dirusの吸血活動が深夜に及ぶことが観察されている5-9)。吸血活動と環境要因の関係において, 森林内の吸血密度は村落内よりも高いとされているが, この吸血密度は, 森林周辺部と森林内部の間では差異は認められないともある2)。An. dirusの早朝吸血活動は, 種, 場所, その他の生息環境要因に依存するともいわれている。以前の自験例であるが, カンフー地区では, 夜間の降雨はこの種の吸血活動に影響を与えず, 雨の降った夜と降らなかった夜の間で吸血活動に差は認められなかった5)。吸血活動率は, 月のない夜よりも月明かりのある夜の方が高く5), 屋内よりも屋外の方が高い傾向にあった6,8)。ベトナム・カインホア省やニン・トゥアン省を含む地域では, 住民はしばしば屋外でハンモックを利用して寝たり, 森の中の簡易小屋で寝たりしている。このような生活様式により, ヒトは蚊に刺されやすくなる。実際, ベトナムで行った自験例では, 熱帯熱マラリア患者24例のうち村内居住者は21例, 村周辺居住者は3例であった10)。これからの感染者のうち, 作業にともなう外泊地が村内であった者は5例であり, 国立公園内で外泊していた者は19例であった。また, 調査地区で媒介蚊の捕集を行った結果, 1,398匹のAn. dirusのうち49匹(3.5%)がマラリア原虫感染蚊であった10)。マラリア原虫陽性蚊のうち, 単種マラリア原虫感染蚊は37匹, 2種のマラリア原虫混合感染蚊は8匹, 3種の混合感染蚊は4匹であった11)。マラリア原虫が検出された部位では, 胸部からが2.8%であり, 腹部からは1.5%であった。検出されたマラリア原虫の種は, 熱帯熱マラリア原虫, 三日熱マラリア原虫, 四日熱マラリア原虫および非ヒト霊長類マラリア原虫のPlasmodium cynomologiやP. inui, P. coatneyi, P. knowlesiであり, これらは人獣共通感染原因原虫と知られているマラリア原虫であった。これらの知見は, マラリア原虫の伝播が, ヒトと蚊の間の相互依存的な行動パターンによって生じていることを示唆している。
グレーター・メコン地域では, 最も頻繁に媒介蚊として報告されているのはAn. dirus, An. minimus, An. sundaicus, An. sinensisやAn. maculatusが知られているが, 調査地区によって主媒介蚊の相違がみられている。マレーシアボルネオ島ではAn. balabacensisがみられている。また同島のサバ州では近年, ヒトマラリアの感染はほとんどみられないが, P. knowlesiのヒト感染例が多くなっており問題となっている。
参考文献
- WHO, World malaria report 2025
https://www.who.int/publications/i/item/9789240117822 - Maeno Y, et al., Parasites & Vectors 8: 376, 2015
- Maeno Y, et al., Parasitology 144: 527-535, 2017
- Maeno Y, et al., Parasites & Vectors 10: 308, 2017
- Hii J, Rueda LM, Southeast Asian J Trop Med Public Health 44(Suppl 1): 73-165, 2013
- Van Bortel W, et al., Malar J 9: 373, 2010
- Baimai V, et al., Southeast Asian J Trop Med Public Health 19: 151-161, 1988
- Tananchai C, et al., Parasites & Vectors 5: 211, 2012
- Vythilingam I, et al., Tropical Med Int Health 8: 525-535, 2003
- Thieu NQ, et al., Trop Med Health 50: 19, 2022
- Chinh UD, et al., Trop Med Health 47: 9, 2019
長崎大学熱帯医学研究所
前野芳正
愛知医科大学医学部
高木秀和
国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所
案浦 健
長崎大学熱帯医学研究所
益田 岳
