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薬剤耐性マラリアの現状と今後の課題

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薬剤耐性マラリアの現状と今後の課題

(IASR Vol. 47 p149-150: 2026年8月号)

1. 薬剤耐性マラリアの現状

現在の第一選択治療法であるアルテミシニン併用療法(artemisinin-based combination therapy: ACT)の普及により, マラリア対策は過去20年間で大きく進展した。しかし, その成果は薬剤耐性マラリア原虫の出現と拡散によって脅かされており, 薬剤耐性への対応は世界的なマラリア対策における最重要課題の1つとなっている。なかでも現在最も懸念されているのは, 熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)におけるアルテミシニン耐性の拡大である。アルテミシニン耐性は2000年代後半にカンボジア西部で初めて確認され, その後メコン川流域諸国へと拡大した。現在ではKelch13PfK13)遺伝子変異が耐性の主要な分子マーカーとして確立されている。PfK13変異株では, アルテミシニン曝露後も一部のリング期原虫が生存し, その結果として患者体内からの原虫消失時間が延長することが知られている1)

PfK13変異を持つ原虫は, 東南アジアにとどまらず, アフリカにおいて独立して出現したことが報告されている。ルワンダで報告されたR561H変異をはじめ2), ウガンダやタンザニアではA675VやC469Y変異が確認されており3,4), 一部地域では耐性関連変異の頻度上昇も報告されている。世界のマラリア患者および死亡者の大部分はアフリカに集中しているため, アルテミシニン耐性がアフリカで定着した場合, その公衆衛生上の影響は極めて大きい。さらに懸念されるのは, ACTを構成するパートナー薬に対する耐性である。東南アジアではPfCRT変異5)plasmepsin 2/3遺伝子増幅6)をともなうピペラキン耐性が拡大し, 一部地域ではジヒドロアルテミシニン・ピペラキン療法の治療効果低下が報告されている。また, PfMDR1遺伝子の変異やコピー数増加はメフロキン, ルメファントリン, キニーネなど複数の抗マラリア薬への感受性変化に関与することが知られている。

近年の研究から, 薬剤耐性は単一遺伝子によって決定されるのではなく, 複数の遺伝子変異が相互作用することで形成される場合が多いことが明らかとなっている。特に, 消化胞(digestive vacuole)におけるヘモグロビンの取り込み・分解, および分解によって生じる有害な遊離ヘムを無毒なヘモゾインへと重合・結晶化する一連の過程が薬剤の標的であり, 複数の遺伝子変異がこれに関与していることが報告されている。これらの分子機構の破綻や協調的な変化が薬剤感受性に影響を及ぼすことから, 耐性機構を包括的に理解するためには, 個々の遺伝子を解析するだけでは不十分であり, ゲノム全体を対象とした包括的な解析が不可欠である。

2.ゲノムサーベイランスと未知耐性機構の発見

薬剤耐性研究の歴史を振り返ると, PfCRT変異によるクロロキン耐性, PfMDR1コピー数増加によるメフロキン耐性, PfK13変異によるアルテミシニン耐性など, 耐性マーカーとして利用されている遺伝子の多くは遺伝学的解析やゲノム解析によって同定されたものである。しかし, 次世代シーケンサー(NGS)の普及により原虫ゲノムの網羅的な解析が可能となり, 薬剤耐性をゲノムワイドに監視する体制が整備されつつある。ゲノム解析は耐性監視の手段であると同時に, 耐性機構を発見するための強力な研究基盤でもある。

近年, マラリアの制圧・根絶を目的として設立された国際共同研究コンソーシアムMalariaGEN(https://www.malariagen.net/)により, 数万例規模の熱帯熱マラリア原虫ゲノムデータが蓄積されている。これらの大規模データを利用することで, 耐性関連変異の出現頻度や地理的拡散経路, さらには新規耐性候補遺伝子の探索が可能となっている。

また, 実験室内で薬剤選択により作出した耐性株に対して全ゲノム解析を実施し, 得られた候補変異を遺伝子編集技術によって検証するアプローチも広く用いられている7,8)。この方法は, 既知マーカーでは説明できない耐性機構の解明に有効であり, 将来的な耐性出現を予測するうえでも重要な情報を提供する。今後, 新たな抗マラリア薬が導入されれば, それに対する耐性原虫も出現すると考えられる。既知耐性マーカーの監視に加え, 未知耐性機構を早期に発見するための基盤技術として, ますます重要性を増していくと考えられる。

3.今後求められる対策

薬剤耐性マラリアへの対応として最も重要なのは, 耐性出現を早期に検出し, 拡散を防ぐ体制の構築である。治療効果試験, 分子マーカー解析, ゲノムサーベイランスを統合した監視体制を強化することで, 耐性原虫の出現を迅速に把握できる可能性が高まる。

また, 不適切な薬剤使用や偽造薬の流通は耐性選択圧を高めることにつながることから, 診断に基づく適正治療の徹底と医薬品管理も重要である。さらに, 新規薬剤やワクチン開発への継続的投資, ならびに国際的なデータ共有体制の維持が不可欠である。

日本はマラリア非流行国であるが, 創薬研究, ゲノム疫学研究, 国際共同研究および人材育成を通じて世界のマラリア対策に大きく貢献してきた。今後も薬剤耐性マラリアへの対応において科学的知見を創出し続けることが, 国際保健分野における日本の重要な役割の1つになると考えられる。

参考文献

  1. Straimer J, et al., Science 347: 428-431, 2015
  2. Uwimana A, et al., Nature Medicine 26: 1602-1608, 2020
  3. Uwimana A, et al., Lancet Infect Dis 21: 1120-1128, 2021
  4. Balikagala B, et al., N Engl J Med 385: 1163-1171, 2021
  5. Ross LS, et al., Nature Communications 9: 3314, 2018
  6. Amato R, et al., Lancet Infect Dis 17: 164-173, 2017
  7. Hirai M, Mita T, Juntendo Medical J 61: 370-377, 2015
  8. Ikeda M, et al., Front Cell Infect Microbiol 11: 672691, 2021
 
  順天堂大学医学部    
   熱帯医学・寄生虫病学講座
    平井 誠

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