流行国におけるマラリアの治療について

流行国におけるマラリアの治療について
(IASR Vol. 47 p150-152: 2026年8月号)
1.はじめに
世界保健機関(WHO)治療ガイドラインにおけるマラリアの標準治療1)は, アルテミシニン併用療法(ACT)を軸に, 感染原虫種および重症度によって規定されており, 伝播阻止を目指した抗生殖母体薬の投与レジメンを含め, マラリア制圧に向けた最適解を網羅したものといえる。しかし当然ながら, その流行地現場での実装との間には依然としていくつもの乖離がある。Malaria Atlas Projectが開発した, 診断キット, 治療薬の管理を目的とした症例管理ダッシュボード2)は, 発症から治療までの各段階での乖離を視覚的に示している(図)。本稿では, この多段階のギャップのいくつかに着目し, さらに補完戦略としての地域症例管理の役割について概説する。
2.診断と処方の乖離
ガイドラインでは, 寄生虫学的確定診断を前提とした標準治療が記載されているが, 現場では診断結果と処方行動の間に二重の乖離, つまり陽性でありながら投薬がされない, あるいは陰性でも投薬される例がみられる。前者はマラリアの未治療という点で問題となるのは論を俟たないが, 後者もまた, 医療資源の適切な分配という点から問題となり, 薬剤の不適切な消費が供給不足を招き, 本来投薬されるはずの陽性者の治療アクセスを妨げる遠因ともなりうる。さらに, 陰性でありながら投薬がなされる背景には, 診断結果以上に臨床的先入観や流行状況によるバイアスが指摘されており, これはマラリア以外の発熱疾患の見逃し, 治療遅延にもつながる3)。
一方で, こうした乖離の背景には, 診断ツール自体の性能上の限界も少なからずかかわっている。西アフリカ・中央アフリカを中心に, 迅速診断キット(RDT)が標的とするHRP2を欠損する熱帯熱マラリア原虫の頻度が上昇しており, RDTの偽陰性が問題となっている。この場合には, 「陰性でも投薬する」という一見不適切な医療者行動が結果的にマラリア患者を救う逆説が生じており, 診断ツール自体の限界として認識する必要がある。
また, RDT陽性であっても, 発熱の原因がマラリアではない可能性がある。マラリア流行地では無症候性寄生虫血症が高頻度に存在するため, 原虫が検出された場合でも, 発熱の原因は別にある可能性も否定できない。Dalrympleらは, サハラ以南アフリカの家庭調査データを用いた空間統計モデルにより, RDT陽性の小児発熱エピソードのうち, マラリアに因果的に起因するのは約28%にすぎないと推定している4)。もっとも, RDT陽性患者において本来の発熱原因を同定することは容易でない。投薬後の経過観察と治療反応性の確認が重要であり, これは後述の地域症例管理が担いうる役割のひとつである。
3.薬局等での薬剤入手例
診断から処方への問題に先立ち, そもそも診断を受けずに薬局等から直接抗マラリア薬を入手, 内服するという層が相当数存在する。前述のMalaria Atlas Projectの図においても, 民間セクター経由の症例の多くは診断を受けずに薬剤へアクセスしていることが示唆されている。我々が2023年にケニア西部の流行地住民325人を対象に行った1年間の追跡調査では, 抗マラリア薬を内服したとする532エピソードのうち, 29.9%(n=159)が薬局等から抗マラリア薬を入手していた(未発表データ)。多くの流行国では, 民間薬局が事実上の初診窓口となっており, 処方箋なし・用量指導なしで抗マラリア薬が比較的安価に入手可能である。また, 公的医療施設における薬剤の在庫不足や, 医療従事者のストライキによる頻回の施設閉鎖が, 患者を民間セクターへ押し出す構造的要因としても機能している。確定診断を経ない自己判断での抗マラリア薬の内服は, 用量・服薬指導がともなわないことによる不完全な治療および非マラリア疾患の見逃しにつながるリスクがある5)。その規模からも, これらの症例をいかに管理するかが流行地でのマラリア治療戦略における重要な課題のひとつといえる。
4.地域症例管理(CCM)
こうしたマラリア治療における多層的なギャップ, とりわけ農村・遠隔地における障壁への対応策として, 地域症例管理(community case management: CCM)が重要な役割を担う。CCMとは, 訓練を受けた地域保健員(community health worker: CHW)がRDTによる検査と抗マラリア薬投与を行う仕組みであり, 特に小児を対象として他の呼吸器疾患や下痢症等を統合管理するiCCM(integrated CCM)として実施されることも多い。iCCMは, 適切な医療施設への受診率を高めること, また受ける医療の質を向上させること, が示唆されており, 受診しない層や診断・治療の課題へのアプローチとして有効であると考えられる6)。
一方で課題も多い。CHWは多くの地域健康政策の実働を担っており, 過重な業務負担とモチベーションの維持が主要な障壁となる。また, グローバルファンドをはじめとする国際的な資金支援がCCM拡充の主要な推進力となっているが, その外部依存は持続可能性の観点からも根本的な脆弱性をはらんでいる。近年, CHWが小規模な診療拠点を運営するような, 社会起業家的モデルによる取り組みも試みられており, CHWの経済的自立とサービスの持続性を両立させる新たなアプローチとして注目されている7)。
このように, 流行地でのマラリア治療ガイドラインの適切な展開のためには, 診断・処方・服薬の各段階に存在するギャップを理解し, 地域の実情に根差した重層的な保健システムの強化を継続することが不可欠である。
参考文献
- WHO, WHO guidelines for malaria, 13 August 2025
https://iris.who.int/server/api/core/bitstreams/26a6af2d-060c-4449-8207-1f25e63c6cc3/content - Malaria Atlas Project(アクセス日:2026年6月24日)
https://data.malariaatlas.org/case-management - Reyburn H, et al., BMJ 329: 1212, 2004
- Dalrymple U, et al., eLife 6: e29198, 2017
- Goodman C, et al., PLoS One 19: e028671, 2024
- Oliphant NP, et al., Cochrane Database Syst Rev 2: CD012882, 2021
- Samb OM, et al., Glob Health Action 18: 2480412, 2025
長崎大学熱帯医学研究所
加賀谷 渉
