マラリアワクチンの開発と現状に関して

マラリアワクチンの開発と現状に関して
(IASR Vol. 47 p152-153: 2026年8月号)
世界的なマラリアワクチン開発の現状
熱帯熱マラリアは現在でも世界で最も深刻な感染症の1つであり, 特にサハラ以南のアフリカでは5歳未満の小児死亡の主要因となっている1)。近年, この疾患に対するワクチン開発は大きく進展し, 世界保健機関(WHO)が推奨しているRTS, S/AS01(Mosquirix®)とR21/Matrix-M(CYVAC®)の2種類は, 小児を中心についに実用化段階に到達した2)。両ワクチンは発症予防効果を示し, 特に重症化率や死亡率の低下に寄与しているが, 依然として多くの課題が残されており, 次世代ワクチンへの期待も高まっている。現行ワクチンの課題としては, 感染を完全に防ぐ「sterilizing immunity(滅菌免疫)」に有効性が至らない点, 時間経過にともなう効果減弱による複数回・追加接種の必要性, さらに, 低所得国における価格や接種インフラなど供給面の障壁, が挙げられる。
WHOの報告によると, マラリア原虫の生活環において異なる作用点を有する30種類以上の候補ワクチンが開発中である3)。その目的は, 感染阻止(赤外期), 発病阻止(赤内期), 伝播阻止(蚊期)と作用点によって異なり, 複数標的多段階ワクチンの開発も行われている。また, ワクチンの様式も新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンで実証されたmRNA技術を用いたワクチン, ウイルスベクターを用いたワクチンなど, 多様なアプローチが臨床開発段階にある。さらに, 資金面・国際協力(WHO, Gavi, PATH, ビル&メリンダ・ゲイツ財団, GHITなど)を通した開発支援も拡大している。
このように, マラリアワクチンは実用化の端緒についたが, 既存ワクチンの限界を克服する次世代ワクチンの開発が引き続き求められている。加えて, ワクチン単独での制圧には限界があるため, 抗マラリア予防薬, 長期残効性殺虫剤処理蚊帳, 迅速診断法などを組み合わせた統合的な体制の整備が, マラリア制圧の鍵になると考えられる。
長崎大学と塩野義製薬が進めるマラリアワクチン開発
長崎大学と塩野義製薬は, 2019年に包括的連携に関する協定を締結し, 熱帯医学研究所内に「シオノギグローバル感染症連携部門」を立ち上げた。同部門では, マラリア創薬とマラリアワクチン開発を2本柱として研究を推進している。先述の現行ワクチンは, いずれも赤外期のうちスポロゾイト期原虫の表面抗原であるcircumsporozoite protein(CSP)をワクチン抗原としたウイルス様粒子ワクチンであり, その免疫応答では抗体が主なエフェクターとなる。そのため, 原虫が標的臓器である肝臓に到達するまでに抗体が原虫を中和する必要がある。これをすり抜けて宿主肝細胞内に潜み, 肝内期へ移行した原虫に対しては, CD8陽性T細胞がエフェクターとして働いて感染細胞ごと排除する細胞性免疫が必要不可欠となる。
我々は肝内期マラリアに対する免疫応答を強化するために, 細胞性免疫, 特に組織局所にとどまる性質を有し, 肝内期マラリアに対する感染阻止への寄与が報告されている「組織常在性記憶T細胞(tissue-resident memory T cell: TRM)」4)に着目した(図)。これまでに, mRNA封入脂質ナノ粒子(mRNA-LNP)を用いることにより, マラリア原虫の標的臓器である肝臓局所で強力に抗原特異的CD8陽性T細胞を増殖・活性化させ, さらに抗原特異的CD8陽性TRM細胞を効率的に誘導できることをマウスモデルで明らかにしている5)。また, 本プラットフォームによる免疫が, マウスマラリア原虫のスポロゾイト感染に対して高いレベルのCD8陽性T細胞依存的な感染防御効果を発揮することを実証している。
現在, mRNA-LNPの標準構成要素である4種の脂質のうち, 特に特性を左右するカチオン性脂質の最適化を進めている。これまでに, 当グループ独自の有望な新規カチオン性脂質候補の選定に成功しており, 現行のマラリアワクチンが有する課題を解決しうる, より高い安全性と優れた有効性を両立した次世代マラリアワクチンの実用化に向けて研究を加速させている。
参考文献
- WHO, World malaria report 2025
https://www.who.int/publications/i/item/9789240117822 - Datoo MS, et al., Lancet 403: 533-544, 2024
- WHO, WHO Malaria Vaccine Pipeline
- Fernandez-Ruiz D, et al., Immunity 45: 889-902, 2016
- Nakamae S, et al., Front Immunol 14: 1116299, 2023
塩野義製薬株式会社ワクチン開発研究所
大本真也
長崎大学熱帯医学研究所
SHIONOGIグローバル感染症連携部門免疫病態制御学分野
水上修作
