マラリア原虫のゲノムと系統進化

マラリア原虫のゲノムと系統進化
(IASR Vol. 47 p154-156: 2026年8月号)
はじめに
マラリア対策に必要なワクチンや治療薬の開発, 生物としてのマラリア原虫の理解を目的にマラリア原虫のゲノム解読が進められている。2002年に, マラリア原虫として初めて熱帯熱マラリア原虫Plasmodium falciparumの23 Mbサイズのゲノムが解読され1), 現在までにヒトを含む霊長類, げっ歯類, 鳥類を宿主とする23種のゲノム情報がNCBIやPlasmoDBなどの公的データベースで公開されており, 様々な研究に利用されている。
マラリア原虫のゲノム
マラリア原虫のゲノムは, 14本の染色体による核ゲノムと2つのオルガネラゲノムからなる。ミトコンドリアゲノムは約6 kbと小さく, 線状反復構造をしている。色素体由来のオルガネラであるアピコプラストのゲノムは約35 kbの環状ゲノムで塩基配列のGC含量が15%以下と非常に低いことが特徴である。オルガネラゲノムはマラリア原虫種間で比較的均質なのに対し, 核ゲノムについては, 染色体の数は同一であるものの, サイズ, GC含量, 遺伝子数などは種間の違いが大きい(図1)。
およそ3,800個の遺伝子はマラリア原虫全種に相同遺伝子が存在しており, 種間のゲノム差異は染色体のサブテロメア領域に数多く存在し, 抗原として宿主赤血球表面に発現する分子をコードするpir(Plasmodium-interspersed repeat)遺伝子など, 多重遺伝子ファミリーに含まれる遺伝子数の違いに集約される(図1A)。また, GC含量が種間で異なり, トリマラリア原虫や熱帯熱マラリア原虫とその近縁種であるチンパンジーやゴリラのマラリア原虫において低く(<20%), 三日熱マラリア原虫P. vivaxとその近縁種であるマカクを宿主とする原虫種において比較的高くなっている(>35%)(図1B)。GC含量の違いは遺伝子がコードするアミノ酸の頻度に影響しており, ヒトマラリア原虫4種間でも異なる分布となり, GC含量が極端に低い熱帯熱マラリア原虫などの原虫種ではコドンにアデニンやチミンを多用するアミノ酸の使用頻度が高まっている傾向がみられる(図1C)。
マラリア原虫の系統進化
ヒトを宿主とするマラリア原虫は, これまでは熱帯熱, 三日熱, 四日熱, 卵形マラリア原虫の4種, 最近はサルマラリア原虫の二日熱マラリア原虫が加わり5種, さらには卵形マラリア原虫の2つの亜種を別種と数えて2)6種, などとされるが, これらは系統樹においてひとつのグループにならない(図2)。これは, それぞれのヒトマラリア原虫の起源が, 別のタイミングで生じた宿主転換や宿主域の拡大にあるからである。様々なマラリア原虫種のゲノムが解読されたことで, 大量の遺伝情報を用いた系統解析が可能になり, 三日熱マラリア原虫の起源について新たな知見が加えられた。三日熱マラリア原虫は, ヒト赤血球表面に発現するダフィー抗原を介して赤血球内に侵入するが, アフリカ人の大多数はダフィー抗原陰性であるため, 大きな流行が起こらない。このアフリカ人のダフィー抗原陰性率の高さを遥か昔の三日熱マラリアの流行の結果(正の淘汰)ととらえ, これを根拠に三日熱マラリア原虫の起源をアフリカとする説がある3)。一方で, ミトコンドリアの遺伝子配列などで推定した分子系統樹では, 三日熱マラリア原虫はアジアに生息するマカクを宿主とするマラリア原虫の系統の中に位置づけられることからアジアを起源とする説もあり4), アジア起源説とアフリカ起源説の間で議論が続いていた。図2に示す系統樹では, 三日熱マラリア原虫はマカクマラリア原虫のグループの内側ではなく, このグループの外側に位置づけられた。この系統樹において, 三日熱マラリア原虫はアフリカの旧世界ザルを宿主とするP. gonderiの次の分岐の位置にあり, この系統樹をもって, 三日熱マラリア原虫の起源をアフリカと断定することはできないが, この分岐位置は三日熱マラリア原虫がアフリカ起源であるとする説を否定しない。近年, カメルーンのチンパンジーから三日熱マラリア原虫の近縁種が発見され, P. carteriと命名された5)。三日熱マラリア原虫とP. carteriは, かつてアフリカにおいて祖先を共有していたと考えられ, この発見は三日熱マラリア原虫がアフリカ起源であることを示唆している。
おわりに
マラリア原虫のゲノムはユニークで, マラリア原虫種のみで保存的な遺伝子も多い。雑な生活環や宿主特異性にかかわる分子基盤には明かされていないことが沢山残されている。創薬やワクチン開発には種内の多様性のデータなども必要である。ゲノムデータの蓄積は今後のマラリア研究の発展に欠かせない。
参考文献
- Gardner MJ, et al., Nature 419: 498-511, 2002
- Snounou G, et al., Trends Parasitol 40: 21-27, 2024
- Carter R, Trends Parasitol 19: 214-219, 2003
- Escalante AA, et al., Proc Natl Acad Sci USA 102: 1980-1985, 2005
- Loy DE, et al., Int J Parasitol 47: 87-97, 2017
東京女子医科大学
衛生学公衆衛生学講座
有末伸子
