国立感染症研究所応用疫学研究センターでのEpidemic Intelligence活動(第2報)

国立感染症研究所応用疫学研究センターでのEpidemic Intelligence活動(第2報)
(IASR Vol. 47 p176-178: 2026年9月号)
国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所応用疫学研究センター(CPHAIAE)では, 懸念される公衆衛生上の問題に迅速に対応するための人材育成を目的として, 1999年より実地疫学専門家養成コース(FETP)を運営している。その活動の一環として, On the job training(日常実務)を通じて, Epidemic Intelligence(EI)活動を平時から毎日実施している。EIは, 潜在的な健康上の脅威を早期に特定し, その確認, 評価, 調査を行い, その制御に資するための公衆衛生対策を提言することを目的とした一連の活動を指す概念である1)。
CPHAIAE(FETP含む)におけるEI活動では, 主に国内外の公衆衛生に関する健康危機事例(潜在的なものを含む)の情報を早期に探知・収集・評価し, 所内外の公衆衛生担当者が対応を判断する際に有用な情報を共有すること, 必要な公衆衛生対応につなげることを目的としている。Event-based surveillance(EBS)2)の考え方に基づき, 公式・非公式の複数の情報源から得られる情報を体系的に収集・評価し, 迅速な公衆衛生対応に資するべく早期探知に努めている。また, 感染症発生動向調査として指標に基づき届出された情報等も参照し, 総合的な評価に含め対応している。
近年, 国際的な人の往来増加や気候変動等を背景に, 感染症の発生および拡大リスクは一層高まっており, アウトブレイクや未知の疾患を迅速に探知する体制の重要性が増している。また, 2024年7月に示された新型インフルエンザ等対策行動計画においても, 感染症インテリジェンスと明示された機能の強化が必要とされている3)。感染症インテリジェンスは, 感染症による公衆衛生リスクを探知, 評価し, 政策上の意思決定や実務上の判断に活用していくための広い概念である。本稿で扱うEI活動は, こうした感染症インテリジェンスを支える実践的活動として, 公衆衛生上の重要事象の早期探知, リスク評価, 共有および初期対応へのつなぎに焦点を当てた日常的な取り組みである。本活動については, 新型コロナウイルス感染症に特化した形で報告4)したが, 本稿では, その後の経過や当センターで取り組んでいるEI活動全体の実施状況について報告する。
2022年1月28日~2025年12月31日までに探知した情報について, 通常と異なる, または予期せぬ発生か, 公衆衛生上深刻な影響を生じうるか, 大規模流行の発端または曝露となりうる事象か, という観点から情報収集し, 探知事象および対応を記述した。
事象の分類は世界保健機関(WHO)のEBSの概念に準じ5), 初期評価により, 疾病の顕在化や伝播可能性があり, 公衆衛生上の懸念があるとみなした事象を「Signal」, Signalに対してさらに情報を収集, リスク評価を行い, 国内にとって疾病の顕在化または伝播可能性があるもの, あるいは追跡監視や調査・対応を要したとみなされた事象を「Event」とした。そのほか, ガイドラインや法令の変更など, 事例としての対応判断はともなわないが共有すべき参考情報を「FYI(for your information)」として分類した。
対象期間において, 国内外での感染症の流行等により多少変動はみられたが, EBSとして計4,932件, 年間1,000-1,500件程度の事象を探知していた。また, 例年3月頃から探知数が増え, 4~6月が多い傾向であった(図)。
探知された事象の発生地域は, 国内と国外ともに50%であった。疾患は, 呼吸器/蚊媒介/人畜共通/新興感染症など多岐にわたった。事象発生から情報のメディアへの掲載あるいは届出情報の確認までは中央値0日〔四分位範囲(IQR):0-5〕, 情報の掲載・届出情報の確認から探知までは中央値1日(IQR:0-1)であった。約4年間の探知事象のうち, Signal, Eventはそれぞれ1,932件(39%), 1,604件(33%), FYIは1,396件(28%)であった。
対応については, 記録を開始した2025年3~12月までの事象(1,068件)の情報に限られるが, Event(434件)のうち, CPHAIAEの対応として, 実地疫学調査の実施, 所内関係者や厚生労働省とのコミュニケーション, 自治体とのコミュニケーションの対応, に至った事象は計159件(37%)であった。また, 探知から対応までは中央値1日(IQR:0-3)であった。なお, この対象期間は, 探知については全体, 対応については記録を開始した2025年3~12月までの事象, に限定されることに注意されたい。
WHOが提唱するアウトブレイク早期探知・通知・対応の適時性を評価・改善する枠組みとして, 7日以内に事象を探知し, 1日以内に公衆衛生部局へ報告し, 7日以内に初期対応を完了する, 7-1-7の適時性の評価と改善を行うためのガイドラインが示されている6)。本ガイドラインに基づくと, 当センターでのEI活動は, 年間一定数の事象を探知し, 比較的迅速に探知, 対応につなげていたことから, 国内の感染症危機管理に資する情報探知・評価の仕組みとして機能していることが示唆された。
一方で, 探知までの期間, 探知から対応までの期間にはばらつきがあることから, 情報探知の仕組みを高度化し, さらに, 評価者による判断のばらつきを最小化し, より効果的な対応を行うべく, プロセスの標準化や有用性の検証, トレーニングが今後必要であると考える。今後もEI活動を継続し, 公衆衛生に寄与していきたい。
謝辞:日頃より感染症発生動向調査にご協力いただいている医療機関や各自治体の皆様に深謝いたします。
参考文献
- Kaiser R, et al., Euro Surveill 11: 2892, 2006
- WHO, A guide to establishing event-based surveillance, 25 September 2014
https://www.who.int/publications/i/item/9789290613213 - 内閣感染症危機管理統括庁, 政府行動計画等
https://www.caicm.go.jp/action/plan/index.html - 砂川富正ら, IASR 45: 95-96, 2024
- WHO, Implementation of Early Warning and Response with a focus on Event-Based Surveillance
https://iris.who.int/server/api/core/bitstreams/e68010ea-66d9-428a-ac4f-f0a309de81e7/content - WHO, Guidance and tools for conducting an early action review (EAR): rapid performance improvement for outbreak detection and response, 31 August 2023
https://www.who.int/publications/i/item/WHO-WPE-HSP-CER-2023.1
国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所
応用疫学研究センター
塚田敬子 高橋あずさ 加藤博史 小林祐介 黒須一見
山岸拓也 門脇知花 土橋酉紀 島田智恵 砂川富正
実地疫学専門家養成コース(FETP)
研修員・修了者一同
