一般成人調査に基づくキーポピュレーションの人口規模推計と現状

一般成人調査に基づくキーポピュレーションの人口規模推計と現状
(IASR Vol. 47 p185-187: 2026年10月号)
はじめに
世界保健機関(WHO)は2022年のガイドラインで, HIV対策において重点的な支援対象として5つの主要な集団(男性と性交渉を行う男性, トランスおよび性別の多様な人々, セックスワーカー, 薬物を注射する人々, 刑務所やその他の閉鎖的な環境にいる人々)をキーポピュレーションとして設定している1)。本報告では, このうち, 男性と性交渉を行う男性(men who have sex with men: MSM), セックスワーカーおよびトランスジェンダーに着目した。HIV予防においては, 一般集団全体を対象とするポピュレーションアプローチに加え, 感染リスクの高い集団へ重点的に介入するリスクポピュレーションアプローチが重要とされている。しかし, これらの集団は一般人口調査では把握が困難であり, その人口規模や行動特性に関する情報は限られている。本研究では全国規模のインターネット調査を実施し, 各集団の人口規模およびHIV関連指標を推計するとともに, 過去の調査結果との比較を行った。
方法
一般成人調査は, 先行研究で個別施策層を対象として実施されている調査項目を参考に質問票を作成し, 日本国内でインターネット調査を運営するA社のアンケートモニター登録者を対象として2026年3月に実施した。調査対象は20~59歳の一般成人とし, 47都道府県および年齢階級による二段層化抽出法を用いた。国勢調査の人口構成に基づき, 20~59歳までの日本人を比例配分し, 男性100,223人, 女性95,776人を対象にスクリーニング調査および本調査を実施した。モニター登録時に回答した性別(男性・女性)により, スクリーニング調査に同意した男性85,346人(85.2%), 女性79,741人(83.3%)を分析対象とした。本調査では「これまでに性交渉をした相手の性別」が同性または両性であった男性をMSMと定義し, 4,115人から回答を得た。また「これまでに相手から金銭を受け取って性交渉をした」と回答した女性をセックスワーカーと定義し, 本調査を実施し, 885人から回答を得た。また, スクリーニング調査結果を用いて男性のセックスワーカー割合を算出した。調査実施については大阪青山大学研究倫理審査委員会の承認(承認番号0716)を得た。統計解析にはIBM SPSS Statistics 23を用いた。
結果
2025年度のスクリーニング調査でのMSM割合は男性における5.2%〔95%信頼区間(CI):5.1-5.4%〕であり, 2012年度の4.1%, 2019年度の6.1%, 2022年度の5.8%と比較して大きな変化は認められなかった。また, 男性のうち性的魅力の対象が同性または両性であると回答した割合は7.8%(95%CI:7.7-8.0%)であった。スクリーニング調査のMSM割合を, 2021年6月時点の20~59歳男性人口30,191,000人に単純外挿すると, MSM人口規模は約160万人と推計された。MSM対象の本調査では, ゲイ向け商業施設利用割合は50.9%であった。このうち, コミュニティセンター利用割合は34.8%, HIV抗体検査受検割合は52.5%(2022年度50.7%), 過去1年間の受検割合は19.7%(2022年度15.6%), 過去6カ月間の薬物使用割合は14.9%(2022年度13.6%)であった。また, ゲイ向け商業施設利用者におけるHIV曝露前予防(PrEP)利用割合は29.5%(現在利用している人が10.2%, 過去利用経験がある人が19.3%)であった。MSM全体では, PrEP利用割合は18.3%(現在利用している人が5.8%, 過去利用経験がある人が12.6%)であり, 2019年度の5.7%, 2022年度の10.4%と比較し増加していた。
スクリーニング調査におけるセックスワーカー女性の割合は4.2%(95%CI:4.1-4.4%)であり, 2012年度の4.2%および2022年度の4.6%とおおむね同様であった。一方, セックスワーカー男性の割合は3.1%(95%CI:3.0-3.3%)であった。2021年6月時点の20~59歳人口に単純外挿すると, 女性セックスワーカー人口は約120万人, 男性セックスワーカー人口は約90万人であり, 合計約210万人と推計された。セックスワーカー女性対象の本調査では, PrEP利用割合22.8%, HIV抗体検査受検割合46.8%, 過去1年間の受検割合19.5%, 過去6カ月間のセックスワーク時の薬物使用割合12.8%であった。
トランスジェンダーに関して, 性別についてFtM(Female to Male/トランスジェンダー男性)またはMtF(Male to Female/トランスジェンダー女性)と回答した割合は, MSM対象の本調査で6.3%(FtM 2.1%, MtF 4.2%), セックスワーカー女性対象の本調査で8.7%(FtM 6.4%, MtF 2.3%)であった。単純外挿では, 成人男性におけるMSMかつトランスジェンダーの割合は0.33%, 成人女性におけるセックスワーカー女性かつトランスジェンダーの割合は0.37%と推計された。
先行研究では, MSMのHIV感染はゲイ向け商業施設利用者において拡大してきたことが報告されている2)。本調査では, ゲイ向け商業施設利用経験があるMSMのうち, 自身がHIV感染症であると回答した割合は6.3%(95%CI:5.3-7.4%)であった。一方, 利用経験がないMSMでは0.5%(95%CI:0.2-0.8%)であった。これらの割合を, 推計MSM人口160万人に単純外挿すると, HIV感染者数はゲイ向け商業施設利用者で50,306人, 非利用者で3,857人, 合計約54,163人と推計された。2024年エイズ発生動向年報3)における日本国籍男性の累積報告数29,008人と比較すると, 約25,000人の差が認められた。
考察
本調査では, MSM割合, セックスワーカー割合ともに過去の調査結果とおおむね同様であり, 国内におけるキーポピュレーションの人口規模は比較的安定していることが示唆された。推計人口はMSM約160万人, セックスワーカー約210万人であり, HIV対策を進めるうえで無視できない規模であることが改めて確認された。本調査では, 性的魅力の対象として同性または両性を回答した割合が7.8%であった一方, MSM割合は5.2%であった。この差は, 性的指向と性的行動が必ずしも一致しないことを示しており, HIV予防施策の対象を検討する際には, 性的指向のみならず実際の行動特性を把握することの重要性を示唆している。また, トランスジェンダー割合は, 電通の全国調査4)では1.15%, ユトレヒト性別違和スケールを用いた日本の調査5)では0.31%-0.96%と報告されている一方, 海外の人口ベース調査では0.3-0.8%程度6)とされており, 本研究の結果は成人男性におけるMSMかつトランスジェンダー, あるいは成人女性におけるセックスワーカーかつトランスジェンダーであり, 一般住民における割合では過少評価となる可能性がある。また性別違和・性自認に関する定義の違い, 近年の社会的認知の向上や回答時の自己開示のしやすさも考慮する必要がある。しかし, 本調査の結果からMSMにおけるトランスジェンダー割合は一般住民の割合に比べて高く, セックスワーカーにおけるトランスジェンダー割合も高いことが示唆された。
MSMおよびセックスワーカーにおいてPrEP利用経験者が一定数認められ, 予防手段の普及が進みつつあることが示唆された。同様の方法で実施した過去の調査結果と比較しても, 現在PrEPを利用している人の割合は横ばいであったが, 過去も含めた利用経験では2019年と比べ約3倍に増加していた。一方で, 過去1年間のHIV抗体検査受検割合はいずれも20%前後にとどまっており, 2012年の調査結果が9.6%であった2)ことから約2倍に増加しているものの, 早期発見および早期治療の観点から検査受検機会のさらなる拡充が求められる。さらに, 薬物使用経験を有する者も一定割合存在しており, HIV予防対策と薬物関連支援を包括的に展開する必要性が示された。
MSMにおけるHIV感染者数は約56,000人と推計され, 累積報告者数との間に約25,000人の差が認められた。この差には, 自己申告による回答であったことやインターネットモニター調査にともなう選択バイアスなどの影響が含まれる可能性がある。また, その他の結果についても, これらのバイアスの影響を受けている可能性に留意する必要がある。
以上より, わが国においてMSM, セックスワーカーおよびトランスジェンダーは一定規模で存在し, HIV対策上の重要なキーポピュレーションであることが改めて示された。今後はリスクポピュレーションアプローチに基づき, 予防啓発のさらなる普及, HIV検査へのアクセス向上, コミュニティとの連携強化を進めるとともに, 継続的なモニタリング調査による実態把握を行うことが重要である。
参考文献
- WHO, Consolidated guidelines on HIV, viral hepatitis and STI prevention, diagnosis, treatment and care for key populations, 29 July 2022
https://www.who.int/publications/i/item/9789240052390 - 塩野徳史ら, 日本の成人男性および成人女性における個別施策層の状況とHIV抗体検査行動, 性行動に関する研究, 厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業 MSMのHIV感染対策の企画, 実施, 評価の体制整備に関する研究, 平成25(2013)年度総括・分担研究報告書, 2014
https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2013/133101/201319006A_upload/201319006A0017.pdf - 厚生労働省エイズ動向委員会, 令和6(2024)年エイズ発生動向年報(1月1日~12月31日)
https://api-net.jfap.or.jp/status/japan/nenpo2024.html - dentsu Japan dJサスティナビリティ推進オフィス, LGBTQ+調査2023, 2023
https://www.japan.dentsu.com/jp/assets/pdf/deandi/lgbtqplus-research-2023-digitalbook.pdf - Oshima Y, et al., J Sex Med 19: 1185-1195, 2022
- Herman JL, Flores AR, How Many Adults and Youth Identify as Transgender in the United States?, 2025
https://williamsinstitute.law.ucla.edu/
大阪青山大学/MASH大阪
塩野徳史
