IDWR 2025年第13号<注目すべき感染症> 麻しん
注目すべき感染症 注意:PDF版よりピックアップして掲載しています。
麻しん 2025年第1~13週(2025年4月2日現在)
麻しんは高熱、全身の発疹、カタル症状を特徴とし、空気感染・飛沫感染・接触感染を感染経路とする感染力の非常に強いウイルス感染症である。乳幼児が麻しんに罹患した時に合併することが多い麻しん肺炎、麻しん患者1,000~2,000人に一人の割合で合併する麻しん脳炎は麻しんによる2大死亡原因である。また、主に乳児期に麻しんに罹患・回復した後、平均7年の期間を経て、重篤な亜急性硬化性全脳炎(subacute sclerosing panencephalitis:SSPE)を発症することがある。麻しんに対する特異的な治療法はなく対症療法が中心となるが、事前に予防接種を受けることで、麻しんを予防することができる。日本は現在、2015年3月に国際的に認証された、国内における麻しんの排除状態、を維持すること〔麻しんに関する特定感染症予防指針(平成19年厚生労働省告示第442号):https://www.mhlw.go.jp/content/000503060.pdf〕を麻しん対策の目標にしている。本稿は、主に感染症発生動向調査に基づく国内の麻しんの疫学状況に関する直近の情報を提供することを目的としてまとめたものである。
2025年第1~13週に診断された麻しんの報告数(2025年4月2日現在)は58例であり、2020~2024年における各年の報告数を上回った。直近で最も報告数の多かった2019年(第1~13週で378例)以降は、新型コロナウイルス感染症の流行もあり低調であったが、本年は第8週から増加傾向にあった。週ごとの報告数は、第4週、第5週、第6週で各1例、第8週で3例、第9週で4例、第10週で12例、第11週で14例、第12週、第13週で各11例となっている。
報告された58例のうち、届出に必要な病原体診断を満たした検査診断例が57例(98%)、うち、届出に必要な臨床症状の3つ(発疹、発熱、カタル症状)すべてを満たす「麻しん(検査診断例)」が50例、届出に必要な臨床3症状のうち、1つないし2つを満たす「修飾麻しん(検査診断例)」が7例であった。また、検査結果からは麻しんと診断されなかったが届出に必要な臨床3症状すべてを満たす「麻しん(臨床診断例)」が1例(2%)あった。性別では男性32例、女性26例であり、年齢中央値は26歳(範囲0~73歳)であった。19都府県から報告があり、都道府県別の報告数は、東京都、神奈川県、大阪府、兵庫県で各7例、埼玉県で5例、千葉県、愛知県、山口県、福岡県で各3例、岐阜県、奈良県、岡山県で各2例、宮城県、茨城県、栃木県、群馬県、静岡県、滋賀県、京都府で各1例であった。推定感染地域は国内が18例(うち都道府県不明3例)、国外が33例(ベトナム25例、タイ3例、フィリピン2例、パキスタン1例、オランダ/ノルウェー1例、イタリア/フランス1例)、国内・国外不明が7例であった。医療機関や保健所等により収集されたワクチン接種歴の情報については、接種歴なしが17例(29%)、1回が10例(17%)、2回が12例(21%)、不明が19例(33%)であった。2回接種歴ありの12例のうち11例は検査診断例(麻しん:9例、修飾麻しん:2例)で、1例は臨床診断例であった。接種歴なしの17例はすべて検査診断例(麻しん:16例、修飾麻しん:1例)であった。
また、2025年4月2日現在、上記の58例のうち30例から検出された麻しんウイルスの情報が病原体検出情報に報告されており、遺伝子型の内訳はB3型25例(83%)、D8型4例(13%)、不明1例(3%)であった。
現在、ベトナムをはじめとする海外で麻しんの流行が報告されており、日本では海外渡航歴のある輸入症例の報告が増加している。渡航先での麻しん感染と日本への麻しんの持ち込みを防ぐためには、海外渡航予定者においては渡航先の流行状況や予防接種歴を確認の上、必要に応じてワクチン接種を受けることが推奨される。
国内における感染拡大の防止のためには、個々の予防と集団免疫の維持のための麻しん風しん混合(MR)ワクチンの2回の定期接種の徹底が最も重要である。加えて、感染者の早期探知と迅速な対応も欠かせない。接触者への二次感染事例も確認されているため、麻しん患者の適切な診断、1例でも報告された時点で各関係機関の協力のもとで行う迅速な接触者調査と対応、地域の医療機関への情報伝達と住民に対する予防のための啓発が重要である。特に事例が広域となるおそれのある場合の各関係自治体間の情報共有は重要である。
麻しん患者の報告がある地域や海外渡航者を診察する可能性のある医療機関においては、院内感染対策のさらなる徹底が重要である。事務職員等を含む病院関係者全員へのワクチン接種歴・罹患歴の調査や、必要に応じたワクチン接種が求められる。また、麻しん患者との接触のある者が発熱などの体調不良を自覚した場合には、二次感染防止のため、麻しんの可能性があることを事前に医療機関に電話で伝え、可能な限り公共交通機関の利用を避けた上で受診することが重要である。
麻しんは空気感染するため、手指消毒やマスクのみでは予防することができない。さらに感染力が非常に強く、発熱が出現する前から感染性があることから、1例の麻しん患者から感染が拡大した事例も見られる。このため、今後も患者の発生が続く可能性があると考えられる。麻しんの感染拡大を防ぐためには、発生時の迅速な対応だけでなく、定期接種の対象年齢である1歳児および小学校入学前1年間の幼児におけるMRワクチンの2回接種の徹底が重要である。麻しんに罹患したことがなく予防接種を受けたことのない者についても、かかりつけの医師にワクチン接種について相談することが推奨される。
本年4月13日に開幕する大阪・関西万国博覧会は国内外から多くの人々が集まる国際的マスギャザリングイベントであり、感染症の発生リスクが増加することが予想される。特に混雑した空間で不特定多数と接する機会が想定されるので、予防接種歴の確認が推奨される。
麻しんの感染症発生動向調査等に関する詳細な情報と最新の状況については、以下を参照いただきたい(引用日付2025年4月2日):
- 国立健康危機管理研究機構 麻しん
https://id-info.jihs.go.jp/diseases/ma/measles/010/measles.html - 厚生労働省 麻しんについて
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/measles/index.html - IASR 麻疹 2024年7月現在
https://id-info.jihs.go.jp/surveillance/iasr/45/535/article/010/index.html - 感染症発生動向調査(IDWR)麻疹 速報グラフ
https://id-info.jihs.go.jp/relevant/vaccine/measles/060/measlesdoko.html - 厚生労働省 麻しんの国内外での報告増加に伴う注意喚起について(協力依頼)
https://www.mhlw.go.jp/content/001454437.pdf - 厚生労働省検疫所 海外渡航のためのワクチン(予防接種)
https://www.forth.go.jp/useful/vaccination.html - 外務省 海外における麻しん(はしか)に関する注意喚起(2025年3月28日更新)
https://www.anzen.mofa.go.jp/info/pcwideareaspecificinfo_2025C011.html - 麻しん風しん混合(MR)ワクチン接種の考え方
https://id-info.jihs.go.jp/relevant/vaccine/measles/040/MRvaccine_20180417.pdf - 医療機関での麻疹対応ガイドライン 第七版(2018年5月)
https://id-info.jihs.go.jp/relevant/vaccine/measles/040/medical_201805.pdf - WHO Immunization data - Provisional measles and rubella data
https://immunizationdata.who.int/global?topic=Provisional-measles-and-rubella-data&location= - European Region reports highest number of measles cases in more than 25 years – UNICEF, WHO/Europe, 13 March 2025(WHO)https://www.who.int/europe/news/item/13-03-2025-european-region-reports-highest-number-of-measles-cases-in-more-than-25-years---unicef--who-europe
国立健康危機管理研究機構
国立感染症研究所 感染症サーベイランス研究部