国外航行中のクルーズ船におけるハンタウイルス感染症事例について(第2報/最終報)
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国立健康危機管理研究機構
2026年7月3日時点
ハンタウイルスについて
ハンタウイルスは、ハンタウイルス科オルソハンタウイルス属のウイルスの総称である。ユーラシア大陸に分布するハンタウイルスは腎症候性出血熱を、南北アメリカ大陸に分布するハンタウイルスはハンタウイルス肺症候群を引き起こすことが知られている。腎症候性出血熱については、日本国内では1970年代から1980年代に実験用のラットから感染した報告はあるものの、感染症法の施行された1999年以降国内での感染事例は報告されていない。なお、ハンタウイルス肺症候群についてはこれまで日本国内での患者発生の報告はない。
ハンタウイルスは本来げっ歯類が保有するウイルスであり、ヒトでは主にげっ歯類の唾液や排泄物との接触や排泄物を含む粉塵の吸入、排泄物で汚染された環境への曝露で感染する。基本的にヒトからヒトへ感染するものではないが、例外的に、アルゼンチンとチリで、ハンタウイルスの一種であるアンデスウイルスのヒト-ヒト感染事例が報告されている。ただし、これらは濃厚な曝露による飛沫・直接接触を介した伝播であり、適切な隔離と接触者管理により伝播の終息に至ったと報告されている。
本事例について
2026年5月2日、4月にアルゼンチンのウシュアイアを出発したのち、サウスジョージア島、クーパー島、トリスタンダクーニャ島、ゴフ島、セントヘレナ島、アセンション島を経由し、南大西洋上を航行中であったオランダ船籍のクルーズ船MVホンディウス号におけるハンタウイルス感染症の発生がWHOに報告された。
初発例は南米地域で野外活動を行ったのちに乗船しており、4月3日に呼吸器症状が出現したのち、4月11日に死亡し、4月24日に英国領セントヘレナ島で運び出された。同時に下船した初発例のパートナーも、4月24日に発症、帰国中に南アフリカ共和国のヨハネスブルクで死亡した。
4月21日に船内で3例目が発症、4月27日に英国領のアセンション島へ搬送され、その後重症化し、ヨハネスブルクに搬送された。5月2日には英国とオランダから原因不明の呼吸器感染症の集団発生としてWHOに報告された。同日に3例目から採取された検体でハンタウイルスが検出され、ハンタウイルス肺症候群も確定診断となった。さらにゲノム解析により5月5日にアンデスウイルスが原因であることが確認された。
その後セントヘレナ島で下船した乗客で1例、船内で発症しカーボベルデで下船した2例が確認された。
5月10日にカナリア諸島のテネリフェ島に到着時、船には日本人1名を含む乗客83名、乗員60名、カーボベルデで乗船した医療チーム4名の計147名が乗船しており、乗員25名と医療チーム2名を除いた120名がテネリフェ島で下船した。
船はその後オランダへ航行し、船内の消毒が行われたのち、5月30日にオランダ政府の運航許可を得て、次の航海を開始している。
症例以外の乗客・乗員は、高リスクの接触者として、下船後42日間から45日間の健康観察が実施されたほか、下船後に患者と接触した、航空機の乗客、乗員、空港職員、医療従事者などについても、その接触の程度に応じて健康観察が実施された。合計317人の高リスク接触者と336人の低リスク接触者が特定され、すべての接触者の隔離、健康観察が終了したことから、WHOは7月2日に本事例の終息を宣言した。乗船していた日本人はテネリフェ島から英国へと移送され、6月22日に健康観察を終了した。
最終的にハンタウイルス肺症候群の症例13例(確定例12例、可能性例1例)が報告され、うち3例が死亡した(致命率23%)。可能性例1例は、船内で死亡したことから検査診断が行われなかった初発例である。症例はいずれもクルーズ船の乗客・乗員であり、下船後スペインで経過観察されていた患者が5月22日に無症状のまま陽性となったのが最後の症例である。年齢中央値は65歳(四分位範囲56歳から70歳)、男性が9例、女性が4例であった。
詳細な感染源、感染経路を特定するための疫学調査が進行中である。船内でげっ歯類は確認されておらず、症例から検出されたウイルスのゲノム配列がほぼ同一であることから、現時点では、南米で感染した初発例を起点として、クルーズ船内でヒト-ヒト感染がおこったものと考えられている。
なお、南米地域では例年アンデスウイルスによるハンタウイルス肺症候群が報告されている。アルゼンチンにおける2026年の報告数は例年より多いものの、本件以外にヒト-ヒト感染による大規模な流行の報告はなく、発生地域、季節性に大きな変化はない。
リスク評価と対応
- 本事例は、南米で感染した初発例を発端として、クルーズ船内でアンデスウイルスのヒト-ヒト感染が起こった事例である。症例はいずれもクルーズ船に乗船していた者に限られている。すべての接触者の健康観察を終えたことから、WHOによる終息が宣言されており、今後本事例に関連した症例が発生する可能性はなくなった。
- アンデスウイルスの流行地であるアルゼンチンやチリでは例年同様げっ歯類から感染した症例の報告があり、アルゼンチンからの報告数、死亡数はここ数年と比較して多いものの、発生地域や季節性に大きな変化はない。北米も含めた南北アメリカ地域全体でのハンタウイルス肺症候群の流行状況はおおむね例年通りであることから、南北アメリカ地域からの輸入例が日本国内で報告される可能性は非常に低い。
- ハンタウイルスの自然宿主は、ウイルスの種類ごとに特定のげっ歯類が決まっており、自然宿主となるげっ歯類が生息していない地域にウイルスが入り込んでも、自然界の感染サイクルは成立しない。北米ではシカネズミ、南米ではオナガコメネズミなどがウイルス保有動物として知られているが、これらのげっ歯類は日本国内には生息していないことから、日本国内で、アンデスウイルスをはじめとする南米に常在するハンタウイルスに感染する可能性は、極めて低いと考えられる。
- 本事例の原因となったアンデスウイルスをはじめ、ハンタウイルス肺症候群の原因となるハンタウイルスは、南北アメリカ地域に生息するげっ歯類が保有している。これらの地域では、げっ歯類の体液・死骸・排泄物に触る、げっ歯類の排泄物で汚染された環境に不用意に入るといった行動を避けることが推奨される。仮にこれらの行動が避けられない場合は、手袋やマスクを使用し、直接の接触を避けることが推奨される。
アンデスウイルスは、ハンタウイルス属でヒト-ヒト感染が確認されている唯一の種であるが、一般的な呼吸器感染症とは異なり、密接かつ長時間の接触に限定された伝播と考えられ、市中における感染リスクは低い。同居家族などでは、食器やたばこの共用、キスや性的接触を避ける必要がある。
関連項目
参考文献
- Argentina Ministerio de Salud. Boletín 2026. As of 26 June 2026. https://www.argentina.gob.ar/salud/boletin-epidemiologico-nacional/boletines-2026.
- Andes Virus Outbreak Working Group. Andes Hantavirus Outbreak on a Cruise Ship, 2026. N Engl J Med. 2026;394(24):2477-2479. doi:10.1056/NEJMc2606496
- Suspected hantavirus outbreak on cruise ship under investigation: risk for Europeans very low. Published 4 May 2026. https://www.ecdc.europa.eu/en/news-events/suspected-hantavirus-outbreak-cruise-ship-under-investigation-risk-europeans-very-low.
- Martínez VP, Di Paola N, Alonso DO, et al. "Super-Spreaders" and Person-to-Person Transmission of Andes Virus in Argentina. N Engl J Med. 2020;383(23):2230-2241. doi:10.1056/NEJMoa200904.
- OCEANWIDE Expeditions. Press Update: 1 June 2026, 13:00 hrs CET. Updated 1 June 2026. https://oceanwide-expeditions.com/press/press-update-1-june-2026-13-00-hrs-cet.
- van den Berg OE; UKHSA ANDV Team, Severi E, et al. Andes virus outbreak linked to expedition cruise ship travel, multi-country investigation and response, April to June 2026. Euro Surveill. 2026;31(24):2600477. doi:10.2807/1560-7917.ES.2026.31.24.2600477
- Disease Outbreak News. Hantavirus outbreak linked to cruise ship travel, Multi-locations. Published 2 July 2026. https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2026-DON611.
- Management of contacts of Andes virus (ANDV) cases from the MV Hondius cruise ship. Published 17 May 2026. https://www.who.int/publications/m/item/management-of-contacts-of-andes-virus-(andv)-cases-fromthe-mv-hondius-cruise-ship.
- 国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト. ハンタウイルス肺症候群.
