コンテンツにジャンプ
国立健康危機管理研究機構
感染症情報提供サイト
言語切り替え English

トップページ > サーベイランス > 病原微生物検出情報 (IASR) > 熊本県における重症乳児百日咳発生について(2025年)

熊本県における重症乳児百日咳発生について(2025年)

logo35.gif

熊本県における重症乳児百日咳発生について(2025年)

(IASR Vol. 46 p206-208: 2025年10月号)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する公衆衛生対策が緩和された2023年以降, 百日咳の流行が欧米やアジアにおいて報告されている。国内では, 百日咳は2018年1月1日から感染症法に基づく全数把握対象の5類感染症となった。2018年, 2019年に, 百日咳はそれぞれ15,000例前後が届出されたが, COVID-19パンデミック期に減少し, 2022年の届出数は2018年の全数把握開始以降, 最少の494例にとどまった。2023年以降は増加に転じ, 2025年は第33週時点ですでに66,655例であり, 前年の年間総届出数4,096例を大きく上回っている1,2)。また, 国外で報告例が増加しているマクロライド耐性百日咳菌(MRBP)は国内では2018年に初めて確認され, 近年は重症例を含め報告が相次いでいる3,4)。そのような中, 2025年1~5月の小児集中治療連絡協議会における調査で, 小児集中治療室(PICU)入室かつ酸素療法以上の管理が必要な百日咳症例(小児)が全国的に発生し, うち約3分の1が熊本県(熊本赤十字病院のみ)からの報告で占められたことを確認した。今回, 2025年1~5月の間に, 同院PICU入室かつ人工呼吸器管理の集中治療を要した重症な百日咳の乳児の臨床的特徴を検証し, 公衆衛生対策についても考察したので報告する。

当院における百日咳の診断はBioFire® FilmArray®呼吸器パネル2.1で行った。患者情報は, 電子カルテを後方視的に抽出した。

同期間, 12例の百日咳の小児患者が入院し, 11例がPICUで厳重なモニタリングと治療を要し, うち9例は人工呼吸器管理を要した乳児であった()。全例, 生後2か月未満, ワクチン接種前であり, 周産期を含めて基礎疾患は認めなかった。また家族への問診から, 全例で家族内のシックコンタクトが確認され, 特に学齢期の同胞に咳嗽などの感冒症状を認めたケースが複数あった。PICU入室から人工呼吸器管理開始までの中央値は1.0日で, 人工呼吸器管理の主な理由は, 頻回の痙攣性咳嗽後のSpO2低下と徐脈であった。人工呼吸器管理中も持続する咳嗽と高い気道抵抗を認めた8例で鎮静薬と鎮痛薬に加えて筋弛緩薬の持続投与が必要であった。白血球数が50,000/μLを超えた症例は3例で, いずれも白血球除去療法を実施した。肺高血圧症を発症した症例は, この3例のうち2例で, 1例は一酸化窒素吸入療法の併用を要した。9例のうち6例に関しては, 百日咳菌感染株の薬剤感受性解析のため, 熊本県保健環境科学研究所を通じて国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所(感染研)細菌第二部に患者鼻腔ぬぐい液検体を送付した。臨床検体からの精製DNAを対象としたサンガーシーケンス解析の結果, 5症例の感染株は23S rRNA遺伝子にマクロライド耐性に寄与するA2047G変異を有することが同定された。

当院の臨床検体では判定不能であった1例は, 前医受診中に実施された菌培養検査で百日咳菌陽性となり, 分離株の薬剤感受性試験でマクロライド耐性が確認された。MRBP感染が同定された6症例についてはトリメトプリム・スルファメトキサゾールの内服治療を最大14日間行ったが, 核黄疸などの有害事象は認めず, 安全に治療を完遂できた。また, 人工呼吸器管理を要した乳児の全例が神経学的後遺症なく生存退室した。

今回, 地方都市において, 通常を大きく上回る重症百日咳の乳児患者の集積を経験した。同院では2018~2020年にも重症例が確認されているが, 各年1~2例であった。重症百日咳の乳児は, 急性期の白血球増多や肺高血圧の合併が予後不良と深く関連することが知られており5,6), 同院においても, 早期から慎重なモニタリングと集中治療下での管理が重要であった。PICU入室から気管挿管までの期間が1.0日と短かったことから, SpO2低下や徐脈などバイタルサインの変動が大きい症例では, 状態悪化のサインを見逃さないためにも, PICUなどの集中治療管理が可能な施設での厳重なモニタリングが望ましいと考える。治療戦略については, MRBPなどの耐性菌も念頭においた抗菌薬の選択が転帰改善に役立つ可能性がある。

近年の百日咳は学童から思春期の年代を中心に発症し, ワクチン接種後の免疫低下による影響の可能性も指摘されている1,7)。また, 妊婦を含む成人の感染も報告されている。本結果は, 定期接種対象である乳児に対して, 生後2か月から遅滞なく5種混合ワクチンを接種することが極めて重要であることを示している。また, 妊婦や年長児に使用可能なワクチンの供給体制の整備と社会への適切な啓発活動を進めていくことの重要性も示唆している。

以上を踏まえ, 熊本県では, 感染研応用疫学研究センターとともに発生要因や予防可能性の分析を行い, 市町村も含めた行政における公衆衛生対策の検討を進めている。あわせて, 熊本県保健環境科学研究所において百日咳菌の薬剤耐性検査体制が構築され, 2025年6月から当検査を実施している。

謝辞:事例の対応に御尽力いただいた熊本市保健所, 熊本県保健環境科学研究所微生物科学部, 国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所細菌第二部第一室の皆様に深く感謝申し上げます。

参考文献

  1. 国立健康危機管理研究機構感染症情報提供サイト, 百日咳の発生について
  2. 国立健康危機管理研究機構感染症情報提供サイト, IDWR 2025年第33号
  3. 荒木孝太郎ら, IASR 46: 41-42, 2025
  4. 中村祥崇ら, IASR 46: 108-110, 2025
  5. Akçay N, et al., Eur J Pediatr 184: 138, 2025
  6. Mattoo S, Cherry JD, Clin Microbiol Rev 18: 326-382, 2005
  7. 国立感染症研究所, 百日せきワクチンファクトシート 平成29(2017)年2月10日

熊本赤十字病院        
 加納恭子 小原隆史 平井克樹
熊本県健康福祉部健康危機管理課
 西島 遥 徳永晴樹 松本辰哉
 弓掛邦彦          
国立健康危機管理研究機構   
国立感染症研究所       
 実地疫学専門家養成コース  
  中満智史 関 雅之    
 応用疫学研究センター    
  塚田敬子 砂川富正    

PDF・Word・Excelなどのファイルを閲覧するには、ソフトウェアが必要な場合があります。
詳細は「ファイルの閲覧方法」を確認してください。