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近年のネッタイシマカの分布動向と温帯気候への適応集団の出現について

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近年のネッタイシマカの分布動向と温帯気候への適応集団の出現について

(IASR Vol. 46 p241-242: 2025年12月号)

ネッタイシマカ(Aedes aegypti)は, デング熱やチクングニア熱などのアルボウイルスを媒介する重要な衛生昆虫である。その高い媒介能力は, 生息・吸血場所が人家周辺であるという人親和性の高さに強く関係している。本種は熱帯および亜熱帯気候に適応し, その世界的な分布は, おおむね平均気温20℃の等温線に挟まれた地域である。アフリカ起源と考えられており, 大西洋奴隷貿易時代の大陸間移動を起点として, 現在の世界的分布となった。近年, 気候変動や人間の活動(都市化, グローバルな移動)を背景に, 地球規模での分布域の拡大や, 過去に絶滅した地域での再出現事例が報告されている。また, 越冬ステージを持たないため, 温帯地域では, たとえ侵入しても冬に死滅すると考えられていた。しかし, 近年, 冬の低温に対する耐性を行動学的および生理学的に獲得し, 温帯気候に適応した集団の存在が確認されている。本稿では, 2000年以降の分布の動向に焦点を当て, 「地球規模での生息域の拡大と再出現」, 「分布に影響を及ぼす要因」および「温帯気候に適応した集団」について解説する。

2000年以降の地球規模での生息域の拡大と再出現

ネッタイシマカは, 地球規模で再出現・拡大の傾向を示している。ヨーロッパにおいては, かつて地中海や黒海の周辺国で定着が報告されていたものの, 1960年以降は絶滅したと考えられていた1)。しかし, 2015年にトルコの黒海地域で再侵入が確認され, 2019年まで定着していたことが報告されている2)。また, ポルトガル領マデイラ島では2005年に侵入が確認され, 2012年のデング熱の流行に関与したことが示されている3)。ネパールでは2006年にインドとの国境近くの低地で初めて記録され, 2009年には標高約1,300mの首都カトマンズで報告された4)。米国のワシントンDCにおいても複数年にわたって定着した集団が確認されている5)。これらの事例は, 本種の侵入, 定着がアルボウイルス感染症のリスクを増大させていることを示しており, 効果的な監視と防除対策が急務となっている。日本においても国際空港で頻回に侵入が確認されているが, 水際対策の結果, 定着は確認されていない6,7)

分布に影響を及ぼす要因

ネッタイシマカの分布は, 主に気候変動(気温や降水量)と人間の活動(都市化およびグローバルな移動)という2つの要因の複合的な影響を受けている8)。温暖化は, 本来生息が困難な高緯度・高標高地域でも繁殖を可能にし, 分布の拡大を引き起こす主要なメカニズムである。これは単に生息域を広げるだけでなく, 気温上昇が媒介ウイルス(デングウイルスなど)の増殖速度を短縮させるため, 媒介能力そのものを高める効果も持つ。一方で, 気候変動による降水量の極端な減少は, ブラジルのアマゾン流域やアフリカの一部地域において乾燥化を招き, 幼虫の発生源が失われることで, 分布が縮小するという予測もあり9), 影響は地域により複雑である。都市化は, ネッタイシマカの吸血の機会や産卵場所となる人工容器(古タイヤ, 水ためなど)を増加させ, 発生数増に関係する。また, 航空機や船舶を介したグローバルな人の移動は, 卵や成虫の長距離移動を促進し, 侵入の機会を大幅に増加させている。

温帯気候に適応した集団

最近, 温帯気候に適応したネッタイシマカが注目を集めている。新大陸では, 1950~1960年代にかけて大規模なネッタイシマカ対策が行われ, ほとんどの国で根絶されたが, 米国やアルゼンチンの一部で現在まで生息が確認されている9)。米国では, 2011~2014年にかけてワシントンDCで採集されたネッタイシマカについてミトコンドリアDNAのCOI遺伝子ハプロタイプおよびマイクロサテライト解析が行われた。その結果, 遺伝子構造に経年変化はみられず, 現地の繁殖集団の存在が確認された5)。ワシントンDCの気候(1月の平均気温2.2℃)を考慮すると, 本来この地域でのネッタイシマカの越冬は不可能であるはずだが, 地下の空間で越冬している事例がみられる。これは, 南方から侵入した集団が当該地の冬の寒さに対して行動学的に適応したことによるものと考えられている5)。また, アルゼンチンでは, 越冬可能な休眠卵を産卵する集団が出現したことが報告されている。ブエノスアイレス大学のFischerら10,11)は, ブエノスアイレス市における20年間におよぶネッタイシマカの発生動態に着目し, 越冬メカニズムの実験を行った。野外で採集したネッタイシマカの1齢幼虫を長日(明期14時間:暗期10時間, 14L:10D)および短日(10L:14D)条件下で飼育し, 羽化した雌成虫が産んだ卵について, それぞれ長日, 短日下で3カ月間の観察期間中, 2週間ごとに孵化を試みた。その結果, 親世代を短日条件下で飼育した場合, 得られた卵は浸水させても孵化しなかった。これらの卵は休眠卵であると結論づけている。アルゼンチンで行われた別の実験においては, 温帯気候に適応した2集団を用い, 1齢幼虫を長日および短日条件下で飼育した。そして, 得られた雌成虫が吸血してから産卵までの日数, 雌成虫の体サイズ, 産卵数と産んだ卵のサイズ, 脂質量(トリグリセリド)を比較したところ, 短日条件下の成虫は産卵までの日数が長く, 雌成虫の体サイズが大きかった。また, 休眠卵は幅と体積が大きく, 脂質量(エネルギー備蓄量)が多かった12,13)。これらの結果は, 休眠の生理状態を反映していると考えられている。

温帯気候に行動学的, 生理学的に適応した集団の出現により, 日本も含めてネッタイシマカの分布拡大および蚊媒介感染症のリスクの増大が懸念される。

参考文献

  1. Powell JR, et al., BioScience, 68: 854-860, 2018
  2. Demirci B, et al., Turk Entmol Derg 45: 279-292, 2021
  3. Seixas G, et al., Mem Inst Oswaldo Cruz 108: 3-10, 2013
  4. Gautam I, et al., J Nat Hist Mus 24: 156-164, 2009
  5. Lima A, et al., Am J Trop Med Hyg 94: 231-235, 2016
  6. 比嘉由紀子ら, IASR 41: 91-92, 2020
  7. 新妻 淳, 古川徹也, IASR 46: 239-240, 2025
  8. Laporta GZ, et al., Insects 14: 49, 2023
  9. PAHO, Scientific Publication 548, 1994
  10. Fischer S, et al., Bulletin of Entomological Research 107: 225-233, 2017
  11. Fischer S, et al., Journal of Insect Physiology 117: 103887, 2019
  12. Mensch J, et al., Journal of Insect Physiology 131: 104232, 2021
  13. Campos RE, et al., Biological Journal of the Linnean Society 137: 603-612, 2022

  国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所
   昆虫医科学部
    楊 超 比嘉由紀子

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