麻疹 2026年5月現在

麻疹 2026年5月現在
(IASR Vol. 47 p121-123: 2026年7月号)麻疹は麻疹ウイルス感染により引き起こされる急性感染症であり, 主な症状は発熱, 発疹, カタル症状である。麻疹ウイルスの感染力は極めて強い。感染経路としては, 飛沫感染, 接触感染のほか空気感染も成立する。また, 麻疹ウイルスは免疫細胞にも感染するため, ウイルスは感染者の免疫機能を抑制し, 様々な合併症を引き起こす。呼吸器(肺炎, 喉頭気管気管支炎), 消化器(下痢, 口内炎)における合併症や中耳炎の頻度が高い。神経系合併症は, 頻度は低いが重篤であることが多く, 感染から約2週間以内に発症する麻疹脳炎(1,000症例に1例程度), 感染・回復後数年~十数年後に発症する予後不良の亜急性硬化性全脳炎(SSPE)(数万症例に1例程度)が知られている。世界保健機関(WHO)は2024年には麻疹により推定で約9.5万人が死亡し, そのほとんどが5歳未満の子どもであると報告している(https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/measles)。
一方WHOでは, 麻疹は安全で有効なワクチンが利用可能なこと, 不顕性感染が少なく正確な診断法が利用できること, 自然宿主がヒトのみであること, 等から排除が可能な感染症と考えられており, 麻疹の排除を目指している。2005年に, 日本が所属するWHO西太平洋地域(WPR)の地域委員会では, 2012年までにWPRから麻疹を排除することを決議した。これを受け日本では, 2006年から麻しん含有ワクチンの2回接種(第1期, 第2期)を導入, さらに2007年12月に厚生労働省(厚労省)は「麻しんに関する特定感染症予防指針」(2019年4月最終改正, 以下, 指針)を告示し, 当時の国内流行の中心であった10代の集団免疫を強化するため, 中学1年生(第3期), 高校3年生相当年齢者(第4期)を対象に, 5年間(2008~2012年度)の補足的ワクチン接種を予防接種法に基づく定期接種として実施するなど, 麻疹排除に向けた対策を強化した。これらの対策により2009年以降, 国内麻疹患者数は大幅に減少し, 2015年にはWPR麻疹排除認定委員会より日本は麻疹排除状態であると認定された。排除状態の維持は2024年までは認定されており, 2025年の状況については, 現在, 同委員会に提出する資料を整理している。
感染症発生動向調査:麻疹は感染症法上の5類感染症である(届出基準・病型はhttps://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-14-03.html)。麻疹が全数把握疾患になった2008年の年間届出数は11,013例であった。それ以後2019年までは35-744例で推移し, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックにより渡航制限などの各種対応が取られていた2020~2022年の年間届出数は10例以下であった。COVID-19対応としての水際対策が完全に解除された2023年以降の年間届出数は2023年28例, 2024年45例と増加し, 2025年には265例と大幅に増加した(図1)。
2025年に届出された患者265例を病型別でみると, 修飾麻疹(発熱, 発疹, カタル症状の3主徴のうち1ないし2症状のみの非典型例かつ検査陽性例)が265例中62例であった。
患者の年齢群別にみると, 20歳以上の患者が6割以上を占めており, 特に20代, 30代の年齢層での症例が多かった(図2)。
予防接種歴は未接種が77例, 1回接種が46例, 2回接種が52例, 接種歴不明が90例であり, 定期接種対象年齢に達していない1歳未満の症例は23例であった(表1)。なお, 人口に占めるワクチン未接種者数は少ないと考えられるため, ワクチン接種者と未接種者の症例数の比較には注意が必要である。
検査診断の状況:指針では, 原則, すべての麻疹疑い症例に対して検査診断としてIgM抗体検査とウイルス遺伝子検査を実施することを求めている。IgM抗体検査用検体は医療機関から民間検査機関に, 遺伝子検査用検体は医療機関から主に地方衛生研究所(地衛研)に送られ検査が行われている。2025年は全265例が検査診断例として届け出された。ウイルス遺伝子検査はreal-time RT-PCR法で遺伝子の検出を試み, 陽性であった検体は麻疹ウイルスN遺伝子上の遺伝子型決定部位450塩基の解析をすることを指針で推奨している。2025年の265例中, 遺伝子検出数は194例, 遺伝子型まで決定できたのは186例であった(図3&表2)。得られた塩基配列情報は遺伝子型の確認のみでなく, ワクチン株との鑑別, 集団発生時のリンクの確認や輸入例かどうかの鑑別のためにも利用されている。
麻疹ウイルス検出状況:2025年に地衛研でウイルス遺伝子が検出され, 感染症サーベイランスシステムの病原体検出情報サブシステムに報告された194例のウイルス遺伝子型は, B3が163例, D8が23例, 遺伝子は検出されたものの塩基配列が決定できなかった例が8例であった(表2)。海外渡航歴があり, 国外での感染が疑われる例は194例中66例であり, 6割以上で国内感染が疑われた。また, 渡航歴ありでは, ベトナムへの渡航歴を有する例が51例と多数を占めていた(表2)。
ワクチン接種率:2006年度より1歳児(第1期)ならびに小学校就学前1年間の児(第2期)に対し, 麻疹の定期接種が実施されている。2024年度の定期接種率は第1期が92.7%, 第2期が91.0%と, ともに目標とされる接種率95%を下回った(https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou21/hashika.html)。また第1期, 第2期ともに過去10年で最も低い接種率となった。
抗体保有状況:2025年度の感染症流行予測調査において, 20都道府県の地衛研で, 酵素免疫測定(EIA)法による麻疹抗体価測定が行われた。麻疹EIA抗体価2以上の陽性率は全体で96.1%であり, 流行阻止に必要とされる95%を上回っていた(図4, 本号7ページ)。
今後の対策:2019年に世界で約54万例報告されていた麻疹症例数は, COVID-19の世界的流行期である2020年および2021年には10万例未満まで大きく減少したが, 2022年以降は再び10万例以上で推移し, 2025年は約28万症例が報告され, 現在も多くの国で流行が続いている(本号4ページ)。麻疹排除状態にあるわが国では, 麻疹の発生は海外からの輸入症例を端緒とすることが多く, 2025年に過去最高となった年間訪日外客数約4,268万人および2024年比15.8%増の約1,473万人に達した出国日本人数(https://statistics.jnto.go.jp/graph/#graph--inbound--travelers--transition)に示されるような海外との人の往来の増加は, 麻疹発生リスクを一層高める要因と考えられる。
2025年の発生状況では, 推定感染地域が国内と考えられる事例も多くみられ, 麻疹ウイルスが海外から持ち込まれた場合でも, 国内で感染が拡大しない環境を整備しておくことが求められる。そのためには指針に示されるように, 1)2回の定期接種で95%以上の接種率を達成・維持すること, 2)患者を早期に発見し, 適切な感染拡大阻止策を講じることができるよう, 迅速かつ確実な検査法に基づくサーベイランス体制を維持すること, 3)感染リスクが高い医療関係者, 空港等で不特定多数と接する機会の多い職場, ウイルスが持ち込まれた場合に多数の患者発生が懸念される児童福祉施設や学校等で働く人に対して, 必要に応じてワクチン接種を推奨すること, などが重要である。特に2024年度の定期接種率は第1期, 第2期ともに目標とされる95%に達しておらず, 定期接種率向上の取り組みは重要な課題と考えられる。また輸入麻疹は, 訪日外客のみならず, 日本在住者が麻疹流行国に渡航した後に持ち込まれることもあるため, 渡航者への注意喚起等の対策も重要である。近年, 輸入症例における推定感染国はベトナムなど東南アジア諸国が多い傾向にあり, これらの地域への渡航者への注意喚起は引き続き重要であるとともに, 2025年にはカナダや英国など, これまで麻疹排除が達成されていた国々でも再流行が生じ排除認定が取り消されており(本号4ページ), これら再流行国への渡航者に対する注意喚起も重要である。
さらに, 2026年は1~5月末までに日本国内でも500例を超える麻疹発生が確認されていることから, 今後の国内流行状況の把握と広域的な感染拡大防止のため, 自治体, 厚労省, 国立健康危機管理研究機構等の間での情報共有を含めた連携体制の構築を一層進めていく必要がある。
