IASR 44(12), 2023【特集】梅毒 2023年現在
公開日:2023年12月25日
(IASR Vol.44 p187-189:2023年12月号)
梅毒は、感染症法に基づく5類感染症の全数把握対象疾患に定められ、診断した医師は7日以内に管轄の保健所に届け出ることが義務づけられている(届出基準はhttps://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-11.html(外部サイトにリンクします)を参照)。
梅毒は、梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum subspecies pallidum: T.pallidum)を病原体とする細菌感染症で、T.pallidumは直径0.1-0.2μm、長さ6-20μmのらせん状である。活発な運動性を有し、染色法や無染色での暗視野顕微鏡観察で確認できる。試験管内培養ができないため、病原性の機構はほとんど解明されていない。
梅毒の患者数が多いこと、比較的安価な診断法があること、妊婦への適切な抗菌薬治療により母子感染のリスクが低下することから、公衆衛生上重点的に対策をすべき疾患に位置付けられている。世界保健機関(WHO)は2030年までの目標として世界の梅毒罹患率を2018年と比較して90%減少させること、80%の国で先天梅毒罹患率を出生10万人当たり50例以下にすることを掲げている。現在、WHOは、母子保健という視点で類似の対策を行えるHIV感染症、B型肝炎、梅毒という3疾患の母子感染排除を推し進めている。
感染経路と症状
ヒトが唯一の自然宿主であり、主に性的接触により伝播する性感染症である。感染者の皮膚粘膜病変からの滲出液などに接触すると、それに含まれるT.pallidumが粘膜や皮膚の小さな傷から侵入して感染する。かつては感染性のある患者の血液に由来する輸血による感染が問題となったが、近年ではスクリーニング技術の進歩により、国内での輸血用血液製剤を原因とする新規の感染が示された症例報告はない。なお、一度梅毒に罹患した後に再度罹患する可能性がある。近年、T.pallidumの分子型別およびゲノム解析技術が進歩・普及しつつあり、その知見から推測される感染経路に基づく感染対策が期待されている(本号4ページ)。
梅毒の典型的な自然経過では、T.pallidumが粘膜や皮膚に侵入し3週間程度経過後、侵入箇所に無痛性の初期硬結や硬性下疳がみられる(早期顕症梅毒1期)が、やがて自然に軽快する。1期の症状出現から4~10週間程度経過すると、T.pallidumが血行性に全身へ移行し、全身に多彩な症状が出現する(早期顕症梅毒2期)。特徴的な症状として、手掌などに生じる無痛性紅斑のバラ疹があるが、その他にも多様な皮膚粘膜症状を呈しうる(本号5ページ)。また、膣性交だけでなく口腔性交によっても感染しうるため、口腔・咽頭病変を認めた場合にも梅毒を鑑別に挙げることが重要である(本号6ページ)。潜伏期梅毒は梅毒血清反応陽性で無症状の状態を指し、主に早期顕症梅毒1期と2期の間、および2期の症状消退後にみられる。なお、早期顕症梅毒(1期、2期)と感染後1年以内の早期潜伏梅毒を早期梅毒、感染後1年以降の後期潜伏梅毒と晩期梅毒を後期梅毒と呼ぶこともある。さらに感染後数年~数十年後には、ゴム腫、心血管梅毒、脊髄癆や進行性麻痺などの晩期神経梅毒を呈し、晩期顕症梅毒に至ることがある。なお、すべての症例が典型的な経過をたどるわけではないことや、異なる病期の症状や所見が併存しうることに留意が必要である。
また、梅毒に罹患した妊婦から胎盤を通じて胎児が感染し、流産、死産、先天梅毒を起こす可能性がある。母乳による母子感染は通常成立しない。先天梅毒には、生後まもなく皮膚病変、肝脾腫、骨軟骨炎などを認める早期先天梅毒と、生後約2年以降にHutchinson 3徴候(実質性角膜炎、感音性難聴、Hutchinson歯)を呈する晩期先天梅毒がある。
検査と治療
T.pallidumは試験管内で培養ができないため、病変由来のT.pallidumを顕微鏡観察で確認するか、患者血清中の菌体抗原およびカルジオリピンに対する抗体を検出することで梅毒と診断する。抗体陽転前の早期には、PCR法により皮膚粘膜病変からT.pallidum遺伝子を検出する方法が抗体検査の補助手段として検討されている(本号7ページ)。治療はベンジルペニシリンベンザチン筋注が有効であり、早期では240万単位単回筋注、潜伏期や晩期では240万単位を週1回計3回筋注する(本号8ページ)。ペニシリンに対する耐性菌は報告されていない。国内では、経口ペニシリン(アンピシリン、アモキシシリン)の投与が行われてきたが、妊婦での治療ではベンジルペニシリンベンザチン筋注に比べ、先天梅毒児が生まれる可能性が高いことが報告されている(本号9ページ)。なお、先天梅毒は、診断や治療、治療後の経過観察が成人と異なっている(本号11ページ)。
患者発生動向
日本において梅毒は、1948年から施行された性病予防法により全数届出が求められていた。その後、1999年4月に施行された感染症法では、5類感染症の全数把握対象疾患に定められた。このようなサーベイランス上の変化があるものの、梅毒届出数は1948年以降約50年間で大きく減少した。しかし、2011年に増加に転じ、特に2021年以降、届出数が急増している(図1)。2022年の年間届出数は13,258例となり、半世紀ぶりの高水準を記録した。2019~2022年の累積届出数は計33,745例〔男性22,262例(66%)、女性11,482例(34%)、性別不明1例(<1%)〕で(2023年10月4日集計暫定値)、うち早期顕症梅毒24,512例(1期13,567例、2期10,945例)、晩期顕症梅毒554例、無症候8,597例、先天梅毒82例であった(表)。先天梅毒は2019年以降毎年20例前後報告されていたが、2023年には第39週までに32例となっており、急激に増加している。人口10万人当たり年間届出数は、2019年5.4、2022年10.6であった。2019~2022年の都道府県別人口10万人当たり累積届出数は東京都が最も多く(16.8)、次いで大阪府(13.3)、岡山県(9.4)であった。
男女とも、感染早期の患者動向を反映する早期顕症梅毒が大半を占めていた(図2)。早期顕症梅毒に限定すると、年齢は、女性は20代、男性は20~40代の届出数が多く(図2)、2019年以降も同じ年齢群で増加を認めていた(図3)。10代の届出数は、2019~2022年において計1,167例(男性311例、女性856例)であった。感染経路として、男性では2015年より異性間性的接触による感染が同性間性的接触による感染を上回り、その後男女ともに異性間性的接触による感染の増加が顕著になっている(図4)。なお、2019年より感染症発生動向調査の項目に、妊娠、HIV感染症合併、梅毒感染の既往、性風俗産業従事歴・利用歴、口腔咽頭病変の有無、が加えられた。これにより、性風俗産業従事歴のある女性症例の割合は2019年以降増加傾向にあり、また妊娠症例の報告は年間200例程度であることが明らかとなっている(本号12ページ)。
また梅毒だけでなく、感染症発生動向調査における性器クラミジア感染症、淋菌感染症の報告も近年増加してきている(本号14ページ)。さらに近年、米国、欧州、豪州においても、サーベイランス上の梅毒届出数の増加が認められている(本号15ページ)。
公衆衛生対応
国内の疫学から示唆された梅毒感染リスクの高い集団に対して、不特定多数の人との性的接触が感染リスクを高めること、口腔性交や肛門性交でも感染すること、コンドームの適切な使用で感染リスクを下げられること、梅毒が疑われる症状が自然に消退しても医療機関を受診する必要があること、梅毒が治癒しても新たな罹患は予防できないこと、などの啓発が重要である。また、医療機関では梅毒の早期診断と治療、性的パートナーの受診勧奨、他の性感染症の疑いで受診した人に対する積極的な梅毒検査の実施、が重要である。さらに、先天梅毒予防のために、梅毒スクリーニング検査を含む妊婦健診と梅毒診断時のベンジルペニシリンベンザチン筋注による治療、妊娠中の症状確認の啓発や安全な性交渉の推進、が重要である。なお大阪府では、女性スタッフによる女性を対象とした夜間検査実施のほか、幅広い層への広域的な啓発などの取り組みが行われている(本号17ページ)。