A型肝炎 2019~2025年

A型肝炎 2019~2025年
(IASR Vol. 47 p41-42: 2026年3月号)2003年11月の感染症法改正で4類感染症に分類され, 無症状病原体保有者を含む全症例の届出が義務づけられているA型肝炎は, ピコルナウイルス科(Picornaviridae)ヘパトウイルス属(Hepatovirus)のA型肝炎ウイルス(Hepatovirus A1, 通称名はhepatitis A virus:HAV)の感染による急性感染症である。HAVの血清型は1種類であり, 遺伝子型により6つの型(I-VI型)に分類される。ヒトで流行するのは遺伝子型I-III型で, それぞれがAとBのサブグループに分けられる。HAVは汚染された飲食物の摂取や感染者との直接的接触により経口的に伝播する。衛生状態や飲用水管理が不十分な地域で流行がみられる一方, 衛生環境が整備された先進国では, 男性間性交渉者(men who have sex with men: MSM)や薬物静注者(persons who inject drugs: PWID), ホームレス等の集団においてアウトブレイクが発生している(本号7&8ページ)。
A型肝炎の潜伏期間は2~6週間(平均4週間)であり, 発熱, 全身倦怠感, 食欲不振, 頭痛, 筋肉痛, 腹痛などの症状に続き, 黄疸, 肝腫大などの肝症状が出現する(本号3ページ)。加齢にともない重症化リスクは増大する。特異的な抗ウイルス治療法は存在せず, 十分な安静と栄養管理, 水分補給などの対症療法が行われる。一般に予後良好で(致命率<0.5%), 2~3カ月で自然治癒し, 慢性化することはない。成人では約70-90%が顕性感染を示す一方, 5歳以下の小児では約90%が不顕性感染とされている。一度感染すると終生免疫が獲得される。診断は主に急性期における血中の抗HAV IgM抗体の検出により行われる。
感染症発生動向調査
感染症法施行後, 年間を通じた情報収集が可能となった2000~2017年まで, A型肝炎の届出数は年平均266例(範囲115-502例)で推移していた。2018年には, 台湾で2016年に, また欧州で2017年に流行したRIVM-HAV16-090株が国内のMSMを中心に流行し, 届出数は926例に達した(IASR 40: 147-148, 2019)。2018年後半以降, 届出数は減少したものの, 2019年も同株による症例報告が継続した。2021~2023年にかけては, これまでにない低水準まで届出数が減少した(図1)。これは国内流行の終息に加え, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行による海外渡航の減少や生活行動の変化が影響した可能性が考えられる。しかしながら, 直近の2024年(137例), 2025年(132例)の届出数は増加している。
推定感染地:2019~2025年に届出された1,010例のうち, 推定感染地が国内であった症例は約69%を占めた(表1)。国外感染例は2020~2023年にかけて減少したが, 2024年以降は増加に転じ, 全体の約3割を占めた。2019~2025年の国外感染例の累積158例(約16%)のうち, 主な渡航先はパキスタン28, インド21, インドネシア13, 韓国10, タイ8, ミャンマー8, エジプト8などであった。
推定感染経路:2019年は, 同性間性的接触による感染とされた例は16%であった。MSM間で感染が増加した2018年の流行が継続したためと考えられる。2020~2025年に届出された585例のうち, 325例(56%)の推定感染経路は経口感染であった。同性間性的接触による感染とされた例は19例(3%)であった。一方で, 228例(39%)は感染経路不明と報告されており, 感染経路の特定が容易でないという疫学調査上の課題が示された。
性別年齢分布:2019年に届出された患者は男性が78%であったが, 2020~2025年の届出では, 男性は54%であった(図1)。2015~2025年までの患者の年齢分布割合(図2)をみると, MSMを中心とした流行の影響を受けた2018~2019年は, 20~39歳群の割合が大きかった。またCOVID-19流行以前に比べ, 近年は60歳以上(高齢層)の割合が増加している。これは, HAV抗体を有さない感受性者の高齢化を反映しているものと考えられる。従来, 抗体保有率が高いと考えられてきた高齢層では患者数は少ないとされていたが, 感受性者の高齢化にともない高齢患者の割合が増加しており, 今後は重症化リスクの観点からも注意が必要である。
遺伝子型を中心とした流行状況
厚生労働省は平成22(2010)年4月26日付および平成31(2019)年2月6日付通知に基づき, 分子疫学的解析を目的とした患者検体の確保および積極的疫学調査の協力について, 各自治体に依頼している。2018年12月にはA型肝炎ウイルス検出マニュアルが改定され, 検査の標準化が図られた(本号4ページ)。国立感染症研究所および地方衛生研究所・保健所による塩基配列解析の結果, 2019年には, 2018年に流行したRIVM-HAV16-090株(遺伝子型IA)が半数以上を占めていた。一方, 2018年末~2019年には東北地方を中心に別系統のIA株による流行も認められた(IASR 40: 155-156, 2019)。2020年以降, 大規模流行は確認されなかったものの, 単一株による患者クラスターが散発的に認められた(本号5ページ)。これらのクラスターでは, 原因となるHAV株に汚染された食品の広範な流通が疑われたが, 原因食材の特定には至っていない。
2023~2025年にかけては, 遺伝子型IIIAがそれぞれ8件ずつ報告され, 過去に比較してIIIAの占める割合が増加した(表2)。これらは主にパキスタン, アフガニスタンなど西アジアへの渡航歴を有する帰国者から検出されたが, 24例中11例では渡航歴が確認されていない。国内感染例における感染源の特定には至っておらず, 現時点では国内に土着しているか否かは不明である。
感染対策・予防
HAV感染対策としては, 患者の排泄物や汚染食品の適切な処理, 手洗いをはじめとする衛生管理の徹底, 充分な加熱調理(85℃, 1分以上), 塩素剤による消毒, など感染源および感染経路対策が重要である。
A型肝炎は, ワクチンにより長期間の発症予防が可能である。国内承認の不活化A型肝炎ワクチンには年齢制限はなく, 世界保健機関(WHO)の勧告に基づき1歳以上からの接種が推奨されている。高侵淫地域への渡航者, 医療従事者, 慢性肝疾患患者, MSMやPWID等の高リスク者, 重症化リスクの高い高齢者においては, ワクチン接種が望ましい。
2013~2017年に採血された国内健常人血清を用いた疫学調査では, 全人口の約80%, 60歳未満の99%がHAV感受性であると推定された。日本のA型肝炎の発生状況を鑑みると, HAV感受性者の増加と高齢化傾向はさらに進んでいると推察される。このような状況下では, 流行が発生した場合に大規模化するリスクが高い。実際, 同様の免疫背景を有する先進国において, 大規模流行が報告されている(本号7&8ページ)。また, 輸入食品に関連した集団発生も複数報告されており(本号10ページ), A型肝炎は途上国特有の感染症と捉える認識は改める必要がある。
A型肝炎は潜伏期間が長く, 感染源や感染経路の特定は困難であるが, 分子疫学的解析は, その推定を補強する有力な手段となる。ウイルス排泄期間も長いため, 感染拡大防止および集団発生への迅速な対応には, 患者届出の徹底, 二次感染予防指導, 聞き取り調査や積極的疫学調査ならびに分子疫学データの集積と継続的なモニタリングが重要である。
