<特集> 感染症媒介節足動物

感染症媒介節足動物
(IASR Vol. 46 p237-238: 2025年12月号)節足動物とは, 外骨格を持ち, 体が節に分かれ, 関節のある脚をもつ動物群である。カ(蚊)やハエ, シラミ, ノミといった昆虫のほかに非昆虫のマダニなどが含まれ, ヒトに感染症を媒介する種が少なくない。わが国において感染症法で4類感染症に指定された疾患の中には節足動物が関与するものが多く, 媒介動物の生態や分布の理解は公衆衛生上きわめて重要である。
感染症媒介性の蚊
蚊は世界で約3,700種, 日本では約120種が記録されている。4類感染症44疾患のうち, 11の感染症が蚊によって媒介される。マラリアはマラリア原虫を病原体とし, ハマダラカ属が媒介する。現代の日本でも媒介蚊(シナハマダラカなど)は生息しているが, 感染症発生動向調査における届出は輸入症例に限られる(図, 表)。日本脳炎は日本脳炎ウイルスを病原体とし, コガタアカイエカなどが媒介する。かつて年間5,000例以上の報告があったが, ワクチンの普及により減少し, 2017年以降は年10例未満にとどまっている。デング熱はネッタイシマカやヒトスジシマカといったヤブカ属が媒介するウイルス感染症である。輸入症例が徐々に増え, 2019年には463例(国内感染3例を含む)に達した。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック下の渡航者数減少にともない一時減少したが, 2022年以降は再び増加傾向にある(図, 表)。世界保健機関(WHO)によれば, 2024年の世界のデング熱患者数は1,400万人を超え, 20年間で24倍以上に増加している。わが国では2014年には160例以上の国内感染を経験しており, 訪日外客数増加にともなって再び流行のリスクが上昇している。チクングニア熱やジカウイルス感染症, 黄熱なども同様にヤブカ属が媒介する。これらのヤブカ属媒介感染症ではヒトの血中ウイルス濃度が高くなる傾向があり, ヒトの中で増幅したウイルスが蚊を介して伝播される。一方, 日本脳炎やウエストナイル熱ではヒトやウマは終末宿主であり, ヒトからさらに蚊を介して感染が拡大することはないとされる。ネッタイシマカは日本には定着していないが, 航空機とともに侵入する事例が相次いでおり, 2025年には成田・中部・福岡の各国際空港で捕獲されている(本号3ページ)。これらの侵入個体の多くでピレスロイド系殺虫剤への抵抗性が確認されており, 抵抗性の原因遺伝子が検出されている(本号4ページ)。ネッタイシマカは気候変動により温帯地域において侵入・定着事例が確認されている(本号5ページ)。その他, 4類感染症に指定されている蚊媒介感染症として東部ウマ脳炎, 西部ウマ脳炎, ベネズエラウマ脳炎, リフトバレー熱があるが, いずれもこれまでに国内での届出はない。
感染症媒介性のダニ
マダニはダニ目マダニ亜目に分類され, 世界で800種以上, 日本では約52種(マダニ科5属とヒメダニ科2属)が記録されている。マダニが媒介する4類感染症には, 重症熱性血小板減少症候群(SFTS), 日本紅斑熱, ライム病, ダニ媒介脳炎, 野兎病, 回帰熱などが含まれる。感染症発生動向調査におけるSFTSと日本紅斑熱の国内届出数は2025年に過去最多を更新した。クリミア・コンゴ出血熱は1類感染症に分類されるが, 主要な媒介マダニとされるHyalomma属は日本には分布しておらず, これまで国内での届出がない。オムスク出血熱やキャサヌル森林病, ロッキー山紅斑熱も国内届出がない(表)。マダニはまた, バベシア原虫やアナプラズマ, エゾウイルス, ハートランドウイルス, バーボンウイルスなど様々な病原体を媒介する。
つつが虫病を媒介するツツガムシは, 同じダニ目だがケダニ亜目に分類され, マダニとは異なる。幼ダニのみが哺乳動物に吸着して吸汁し, その際に病原リケッチアを伝播する。卵を介してリケッチアを親から継承する。わが国では, つつが虫病は以前はダニ媒介感染症としては最も届出数が多かったが, 2023年以降は日本紅斑熱の届出数が上回っている(図, 表)。
感染症を媒介するその他の節足動物
ハエは病原体の機械的伝播者として重要である。イエバエによる腸管出血性大腸菌の伝播や, オオクロバエやケブカクロバエによる家禽への鳥インフルエンザ伝播の可能性が指摘されている(本号6ページ)。その他, ブユ(オンコセルカ症), ヌカカ(オロプーシェ熱), アブ(トリパノソーマ病, 野兎病, ロア糸状虫症), ツェツェバエ(アフリカ睡眠病), サシチョウバエ(リーシュマニア症, サシチョウバエ熱)などのハエ目昆虫も感染症を媒介するが, 国内には土着していない病原体が多い。ハエ目以外では, ケオプスネズミノミがペストや発疹熱を媒介し, ブラジルサシガメやベネズエラサシガメはシャーガス病を媒介する。コロモジラミは発疹チフスや塹壕熱を媒介し, アタマジラミはアジアやアフリカで塹壕熱の媒介が疑われている。さらに, ケジラミ, ヒゼンダニ, トコジラミなど, それ自体は感染症を媒介しないがヒトに寄生・吸血し, 衛生害虫として問題となる節足動物も存在する。特にトコジラミは絶食に強く, 殺虫剤抵抗性も報告されており, 駆除が容易ではないうえに, 国内での相談件数も年々増加している(本号4ページと7ページ)。世界的にはヒトヒフバエ, ヒトクイバエ, スナノミのようにヒトに寄生する昆虫が存在し, 海外で寄生された事例が稀に国内の病院に持ち込まれる。
最近の動向と新たな節足動物媒介感染症
2024年には, 台湾から来日した観光客が帰国後にデング熱を発症し, 潜伏期間から日本国内での感染が疑われ, 自治体が対応した(本号8ページ)。2025年には中国広東省で, 輸入例を契機に1万人以上のチクングニア熱流行が発生し, 欧州の温帯地域でもデング熱やチクングニア熱の国内感染が報告されている。いずれもヒトスジシマカによる媒介と考えられる。東京都では媒介蚊サーベイランスを継続的に実施しており, 都内ではヒトスジシマカとアカイエカ種群が優占種であることがわかっている(本号10ページ)。次世代シーケンサーなどの分子生物学的手法の進歩により, 節足動物から未知のウイルスが発見される例も増えている。タカサゴキララマダニから分離され, 2018年に誌上報告されたオズウイルスは, 2023年に国内で初のヒト感染致死例が報告された。このように, 節足動物から先に病原体を発見する研究は, 感染症対策の「先回り」に不可欠である(本号11ページ)。また, 分離培養が困難なウイルスに対して, 感染性のある疑似ウイルス粒子を人工的に作製し, これを抗原として用いることで, ヒトや野生動物の感染歴を精度高く調査する手法も開発され, 新たな知見が得られつつある(本号12ページ)。
気候変動と今後の展望
ヒトスジシマカの分布北上, ネッタイシマカ定着リスク増大, そして積雪量の減少などによる野生動物の増加でマダニの分布が拡大するなど, 気候変動にともなう節足動物の生息域の変化が顕著になってきている。今後もこれらの動向を注視し, 感染症リスクの変化に対応する監視と研究を続けていく必要がある。
