麻疹 2025年5月現在

麻疹 2025年5月現在
(IASR Vol. 46 p131-133: 2025年7月号)麻疹は麻疹ウイルス感染により引き起こされる急性感染症であり, 主な症状は発熱, 発疹, カタル症状である。麻疹ウイルスの感染力は極めて強い。感染経路としては, 飛沫感染, 接触感染のほか空気感染も成立する。また麻疹ウイルスは免疫細胞にも感染するため, ウイルスは感染者の免疫機能を抑制し, 様々な合併症を引き起こす。呼吸器〔肺炎, 喉頭気管気管支炎(クループ)〕, 消化器(下痢, 口内炎)における合併症や中耳炎の頻度が高い。神経系合併症は, 頻度は低いが重篤であることが多く, 感染から約2週間以内に発症する麻疹脳炎(1,000症例に1例程度), 感染・回復後数年~十数年後に発症する予後不良の亜急性硬化性全脳炎(SSPE)(数万症例に1例程度)が知られている。世界保健機関(WHO)は2023年には麻疹により推定で約10.8万人が死亡し, そのほとんどが5歳未満の子どもであると報告している(https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/measles)。
一方麻疹は, 安全で有効なワクチンが利用可能なこと, 不顕性感染が少なく正確な診断法が利用できること, 自然宿主がヒトのみであること, 等から排除が可能な感染症と考えられており, WHOでは麻疹の排除を目指している。2005年に, 日本が所属するWHO西太平洋地域(WPR)の地域委員会では, 2012年までにWPRから麻疹を排除することを決議した。これを受け日本では, 2006年から麻しん含有ワクチンの2回接種(第1期, 第2期)を導入, さらに2007年12月に厚生労働省は「麻しんに関する特定感染症予防指針」(2019年4月最終改正, 以下, 指針)を告示し, 当時の国内流行の中心であった10代の集団免疫を強化するため, 中学1年(第3期), 高校3年相当年齢者(第4期)を対象に, 5年間(2008~2012年度)の補足的ワクチン接種を予防接種法に基づく定期接種として実施するなど, 麻疹排除に向けた対策を強化した。これらの対策により2009年以降, 国内麻疹患者数は大幅に減少し, 2015年にはWPR麻疹排除認定委員会より日本は麻疹排除状態であると認定された(本号18ページ)。排除状態の維持は2023年までは確認, 認定されており, 2024年の状況については, 現在, 同委員会に提出する資料を整理している。
感染症発生動向調査
麻疹は感染症法上の5類感染症である(届出基準・病型はhttps://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-14-03.html)。麻疹が全数届出になった2008年の年間届出数は11,013例であった。それ以後2019年までは35-744例で推移し, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックにより渡航制限などの各種対応が取られていた2020~2022年の年間届出数は10例以下であった。COVID-19対応としての水際対策が完全に解除された2023年以降の年間届出数は28例(2023年), 45例(2024年)と増加している(図1&図2)。さらに2025年は5月の時点で119例と, 昨年の届出数を超えている(本号4ページ)。
2024年に届出された患者(n=45)を病型別でみると, 修飾麻疹(発熱, 発疹, カタル症状の3主徴のうち1ないし2症状のみの非典型例かつ検査陽性例)が45例中5例であった。
患者の年齢群別にみると, 20歳以上の患者が29例であり, 特に20代が14例と多くを占めていた(図2)。
予防接種歴は未接種が20例, 1回接種が7例, 2回接種が6例, 接種歴不明が12例であり, 定期接種対象年齢に達していない1歳未満の症例は6例であった(表1)。
検査診断の状況
指針では, 原則, すべての麻疹疑い症例に対して検査診断としてIgM抗体検査とウイルス遺伝子検査を実施することを求めている。IgM抗体検査用検体は医療機関から民間検査機関に, 遺伝子検査用検体は医療機関から主に地方衛生研究所(地衛研)に送られ検査が行われている。2024年は全45例が検査診断例として届け出された。ウイルス遺伝子検査はreal-time RT-PCR法で遺伝子の検出を試み, 陽性であった検体は麻疹ウイルスN遺伝子上の遺伝子型決定部位450塩基の解析をすることを指針で推奨している。2024年の45症例中, 遺伝子型まで決定できたのは41症例であった。得られた塩基配列情報は遺伝子型の確認のみでなく, ワクチン株との鑑別, 集団発生時のリンクの確認や輸入例かどうかの鑑別のためにも利用されている(本号9&11ページ)。
ウイルス検出状況
2024年に地衛研でウイルス遺伝子が検出され, 感染症サーベイランスシステムの病原体検出情報に報告されたものは42例(患者届出数45例)であり, 報告されたウイルス遺伝子型はD8が33例, B3が8例, 遺伝子は検出されたものの塩基配列が決定できなかった症例が1例であった(表2)。
海外渡航歴があり, 国外での感染が疑われる症例は報告数の約半数にあたる22例あり, 3例以上の報告があった地域は, 英国, ベトナム, アラブ首長国連邦, イタリア, インドであった(表2)。
ワクチン接種率
2006年度より1歳児(第1期)ならびに小学校就学前1年間の児(第2期)に対し, 麻疹の定期接種が実施されている。2023年度の定期接種率は第1期が94.9%と2022年度より0.5ポイント低下し, 目標とされる接種率である95%をわずかに下回った。第2期は92.0%であり, 3年連続で前年度を下回った(https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou21/hashika.html)。
抗体保有状況
2024年度の感染症流行予測調査において, 21都道府県の地衛研で, 酵素免疫測定(EIA)法による麻疹抗体価測定が行われた(本号12ページ)。麻疹EIA抗体価2以上の陽性率は全体で96.6%であり(図3), 流行阻止に必要とされる95%を上回っていた。
今後の対策
2019年には世界で約54万例報告されていた麻疹症例は, COVID-19の世界的流行時の2020年および2021年はそれぞれ約9万例および約6万例と大きく減少していたが, 2022年以降は増加に転じ, 2024年には約36万例が報告され, 現在も多くの国で流行している(本号5&7ページ)。また2024年には, WHOが麻疹排除国として認定している米国やカナダにおいても100例を超す発生が確認されており(本号6ページ), 世界的な麻疹の拡大が懸念される。麻疹排除状態のわが国においては, 麻疹の発生は海外からの輸入症例を発端とすることが多く, 海外との往来の増加は麻疹発生リスクを上昇させると考えられる。
日本政府観光局の集計によると, 2024年の訪日外客数は過去最高の約3,687万人となっており(https://statistics.jnto.go.jp/graph/#graph--inbound--travelers--transition), 輸入症例による麻疹の発生リスクが上昇していると考えられ, 麻疹ウイルスが海外から持ち込まれた場合でも感染が拡大しない環境を整えておくことが求められる。そのためには指針に示されるように, 1)2回の定期接種において95%以上の接種率を達成・維持し, 2)早期に患者を発見して適切な感染拡大阻止策が行えるように, 迅速かつ確実な検査法に基づくサーベイランス体制を維持すること, 3)感染するリスクの高い医療関係者(本号8ページ), 空港等不特定多数と接する機会の多い職場や, ウイルスが持ち込まれた場合に多数の患者が発生することが懸念される児童福祉施設, 学校などで働く人等に対して, ワクチン接種を必要に応じて勧奨すること, 等が求められる。定期接種率の維持・向上, 必要に応じたワクチン接種の勧奨のためにはワクチンの安定供給も重要となる(本号14&15ページ)。また, 輸入麻疹は訪日外客のみならず日本在住者が麻疹流行国に渡航帰国後に持ち込まれることもあるため, 渡航者への注意喚起等の対策も重要である(本号6&7ページ)。
麻疹発生後の対策としては, 不特定多数が利用する施設・交通機関での麻疹発生の場合, 麻疹拡大防止のため広域での対応が必要となる可能性がある。このため自治体間に加え, 厚生労働省, 国立健康危機管理研究機構等での情報共有を含めた連携体制の構築も必要となる(本号9&10ページ)。