マラリア 2007~2025年

マラリア 2007~2025年
(IASR Vol. 47 p139-141: 2026年8月号)マラリアは, AIDS(エイズ)や結核とともに世界中に蔓延する三大感染症の1つであり, 赤道付近の熱帯・亜熱帯地域などを中心に広く流行している。特に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行以降, マラリアは感染者数と死亡者数が増加しており, 世界保健機関(WHO)が発表した最新情報では, 2024年には年間約2.8億人の感染者が発生し, 約61万人の死亡者が報告されている(World malaria report 2025:https://www.who.int/publications/i/item/9789240117822)。マラリアの感染動向としては, 死亡者の約95%はサハラ以南のアフリカ地域に集中しているが, 近年, 感染者数が増加する国という観点では, タイ, ミャンマー, 韓国などのアジア地域の国々が該当するため注意が必要である。
マラリアは, 病原体であるマラリア原虫の感染に起因する寄生虫疾患であり, ハマダラカによって媒介される。ヒトがマラリアに罹患すると, 発熱・貧血・脾腫が三大兆候として知られる一方, 悪寒, 頭痛, 関節痛, 下痢, 黄疸など多様な症状を示し, 血小板減少や肝機能障害など複合的な検査異常を呈することが多い。特に重症マラリアでは, 重度の脳症, 急性腎不全, 播種性血管内凝固症候群(DIC), 肺水腫などを引き起こすことから, 適切な治療が遅れると致死的となる。
マラリア原虫は, ヒト体内でまず肝細胞内で増殖する肝内期を経て血流へ移行し, 赤血球内で増殖する赤内期に入ることで臨床症状を呈する。さらに, 一部の原虫は生殖母体へと分化し, ハマダラカに吸血されると有性生殖にともなう減数分裂が行われ, 次世代原虫を産生し, 次のヒトへの感染が可能となる。原虫は単細胞の真核生物であり, 減数分裂にともなう遺伝子組換えを行い, また肝内期と赤内期で増殖様式と代謝経路が大きく異なるため, 免疫回避や薬剤耐性を獲得しやすく, その制御は困難を極める。
ヒトのマラリアは, 疾患名と病原体の組み合わせにより, (1)熱帯熱マラリア:熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum), (2)三日熱マラリア:三日熱マラリア原虫(P. vivax), (3)四日熱マラリア:四日熱マラリア原虫(P. malariae), (4)卵形マラリア:卵形マラリア原虫(P. ovale)に分類され, この4種が国内症例のほとんどを占める。一方流行地では, 人獣共通感染症としてのサルマラリアが増加しており, (5)二日熱マラリア:二日熱マラリア原虫(P. knowlesi)は, かつてはサルマラリアとされていたが, 現在は新たに和名も設定され, マレーシアで流行する主要な原虫種である。また(6)サルマラリア:複数のサルマラリア原虫種(P. cynomolgi, P. inui, P. coatneyi)などによるヒト感染例も多数報告されている。
マラリアに関する世界の対策プログラムやグローバルファンドに関しては, Roll Back Malaria(RBM)イニシアティブ以降, WHOが媒介蚊防除, 診断・治療, サーベイランス, 研究開発を中心に推進してきた(本号4ページ)。資金面では, グローバルファンドが各国計画に基づき支援し, 死亡率低下に大きく寄与してきたが, 近年は財政悪化や拠出減少が課題となっている。
日本におけるマラリアは, 現在はすべて輸入症例であり, 感染症法に基づく全数把握の4類感染症である(届出基準:https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-33.html)。届出数は2000年代初頭には年間100例超であったが, 2020年にはCOVID-19流行による渡航制限の影響で21例まで減少した。その後は再び増加し, 近年は年間50例前後で推移している(本号5ページ)。2007~2025年の届出データでは(図および表), 原虫種ごとに由来地域が明確に分かれている。熱帯熱マラリアは93.7%, 卵形マラリアは100%, 四日熱マラリアは85.0%がアフリカ由来で, 三日熱マラリアは66.8%がアジア由来であった。輸入症例全体でもアフリカ由来が71.8%と最多で, 次いでアジアが21.6%を占める。オセアニア(3.6%)や南米(2.1%)は少数であり, 日本の輸入マラリアは主にアフリカおよびアジアへの渡航と帰国にともなって発生している。
世界に約500種以上のハマダラカが存在し, そのうち約100種がマラリア原虫を媒介し, 約40種が主要ベクターとされている。主要種は地域で異なり, 東南アジアでは都市化にともないAnopheles minimusから森林性のAn. dirusが重要種となり, これらはヒトマラリアだけでなく, 複数のサルマラリア原虫も媒介する(本号6ページ)。アフリカではAn. gambiaeなどが主要種であり, 生態や吸血行動は地域差が大きい(本号8ページ)。近年は, 中東・アジア原産のAn. stephensiがアフリカに侵入し, 高い媒介能から対策が求められる。
一方, 殺虫剤抵抗性は深刻化しており, 屋内残留性殺虫剤散布(IRS)や長期残効性殺虫剤処理蚊帳(LLINs)は媒介蚊防除に大きく寄与したが, An. gambiaeやAn. funestusを含む多くの種でピレスロイド抵抗性が拡大している(本号9ページ)。殺虫剤抵抗性は, 作用点変異や代謝酵素亢進によって生じ, 各地域において広く確認されており, 殺虫剤ローテーションや新規LLINsの導入に加え, 継続的な抵抗性監視と新技術開発が不可欠である。
日本国内におけるマラリアの治療薬は, リアメット, マラロン, メファキン, プリマキンが使用可能であり, 渡航者の予防には主にメファキンとマラロンが用いられる(本号10ページ)。一方, 世界標準のアルテミシニン併用療法(ACT)では部分耐性が拡大しており, 対策として3剤併用療法(TACT)が開発されており, アルテメテルとルメファントリンにアモジアキンを加えたALAQが第III相試験中である。新規薬剤Ganaplacide-Lumefantrineも高い治療効果が期待されるが, 薬剤耐性の出現を踏まえると, 継続的な新規薬剤開発は不可欠である。薬剤耐性マラリアは深刻な問題であり, PfK13変異によるアルテミシニン耐性が東南アジアからアフリカへ拡大し, パートナー薬剤耐性も報告されている(本号11ページ)。薬剤耐性機構は, 複数遺伝子の相互作用で形成されるため, ゲノムサーベイランスの重要性が高まっており, 大規模ゲノムデータと分子マーカー解析を統合した監視体制の整備と強化が求められる。流行国でのマラリア治療については, WHOがACTを推奨しているものの, 現場では診断・処方・服薬の各段階にギャップがあり, 陽性でも未治療となる例や, 陰性でも経験的に薬が処方される例がみられる(本号12ページ)。迅速診断キット(RDT)は, 偽陰性や無症候性寄生虫血症を検出できないなどの限界があり, より高感度で信頼性の高い新規診断技術の開発が求められている。
マラリアワクチンについては, RTS, S/AS01とR21/Matrix-Mの2種類が実用化され, 小児の発症・重症化を抑制しているものの, 感染阻止や効果持続, 供給体制に課題が残る(本号14ページ)。これを補うため, 次世代ワクチンの開発が進んでおり, 特に複数標的多段階ワクチンやmRNAワクチンが注目されている。長崎大学と塩野義製薬は, 肝内期に作用しTRMを誘導するmRNAワクチンを開発中である。
近年増加する人獣共通感染症としてのサルマラリアでは, 東南アジアでは野生ザル由来のP. knowlesiのヒト感染が拡大し, 重症例も報告されている(本号15ページ)。さらに, P. cynomolgiやP. inuiなど他のサルマラリア原虫によるヒト感染も多数確認されており, 今後は分子疫学調査を通じて感染成立と伝播機構を解明し, 監視・制御につなげることが求められる。
これら原虫の感染成立機構を理解するには, ゲノム構造や系統進化の把握が不可欠である。原虫種の比較解析は, 宿主特異性や抗原多様性の理解に寄与し, ゲノム情報の蓄積は創薬・ワクチン開発の基盤となる(本号16ページ)。
終わりに
日本のマラリアは, 現在すべて輸入症例であるが, 媒介蚊は現在も国内に広く生息しているため, 感染患者の迅速な把握が極めて重要となる。また, 感染蚊が航空機などで持ち込まれる「エアポートマラリア」は欧州で問題化しており, 日本でも過去に同様のケースが報告されていることから, 水際対策において媒介蚊の監視は極めて重要である。このため検疫法では, こうしたリスクや他のベクター媒介性感染症に備え, 蚊やネズミの定期採取と病原体検査・管理を義務付けている。
マラリアは依然として非常に重要な感染症であり, 診断・治療・ワクチン, 媒介蚊対策, サーベイランスなどが進む一方, 薬剤耐性原虫や殺虫剤抵抗性蚊, サルマラリアの拡大, などが課題である。原虫のゲノム解析は新たな診断・薬剤・ワクチン開発を推進し, 国際的共同研究体制の強化は感染制御の観点から極めて重要であり, 今後は科学的根拠に基づく対策を継続し, 基礎研究と現場を結びつけた効果的な制御戦略が求められる。
