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<特集>重症熱性血小板減少症候群(SFTS) 2025年5月現在

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重症熱性血小板減少症候群(SFTS) 2025年5月現在

(IASR Vol. 46 p155-156: 2025年8月号)

重症熱性血小板減少症候群(SFTS)は, 2013年に感染症法で4類感染症に指定された(届出基準:https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-43.html), 主にマダニを媒介とするウイルス感染症である。近年の分類の再構成によって, 原因ウイルスはフェヌイウイルス科バンダウイルス属に分類され, 2023年に「Bandavirus dabieense」と命名されたが, 国内外では依然として「SFTSウイルス(SFTSV)」の名称が広く用いられている。SFTSは2011年に中国で初めて報告され, 日本や韓国を含む東アジア地域で流行が確認されており, 日本では西日本を中心に年間100例以上が届け出されている(図1, 図2)。高齢者に多く, 致命率は10-30%と高い。主な症状は発熱, 消化器症状, 頭痛, 筋肉痛であり, 重症例では神経症状や出血症状をともなう。感染は主にマダニの刺咬によるもので, 日本ではフタトゲチマダニやキチマダニ等が媒介に関与している。

2013年3月~2025年4月末までに感染症発生動向調査に届出された国内症例は1,071例で, 男女比はほぼ同等(, 本号3ページ)。年齢中央値は75歳で, 60歳以上が90%を占める(図3)。2016年までは年間60例前後で推移していたが, 2017年以降は増加傾向となり, 2023年には134例が届け出された。感染経路はマダニまたは愛玩動物などからの感染が多く, 農作業や山林での活動が感染のリスク要因とされ, 感染予防策の徹底が求められている。

一方国外において, 中国では2010~2023年までに27,447例が報告され, 致命率は4.8%。韓国では2013年以降, 2023年までに1,895例が報告され, 致命率は18.7%。ミャンマー, タイ, ベトナムなど, 従来発生地域とされていなかった地域でも症例やウイルスの存在が確認されており, 流行地域の拡大が懸念される(本号4ページ)。

日本国内でも, 2023年に医師が患者から感染した事例が報告され, SFTSVのヒト-ヒト感染が現実的なリスクとなっている。感染は主に体液の接触によるものであり, 医療従事者には標準予防策に加え, 接触予防策の徹底が求められる(本号5ページ)。高い致命率を踏まえ, 医療現場での個人防護具(PPE)の適切な使用が重要である。

治療薬として注目されるファビピラビル(FPV)は, RNAウイルスに対する抗ウイルス効果が確認されており, SFTS患者への早期投与で生存率の向上が示された(本号6ページ)。2024年6月には, FPVがSFTSに対する世界初の抗ウイルス薬として日本で承認され, 同年12月から製造販売後臨床試験が開始されている。しかしながら, 抗ウイルス療法のみでは重篤な病態の完全な制御には至っておらず, 病態改善を目的とした新たな治療薬の開発が引き続き求められている。治療戦略の確立には, SFTSの病態理解が不可欠であり, その解明は喫緊の課題である。近年のヒトSFTS症例や動物モデルの病理学的研究から, SFTSではB細胞(形質芽球)が病態形成の中心的な役割を担うことが明らかになってきている。今後は, B細胞が形質芽球へと分化・増殖する機構や, なぜ形質芽球がウイルス感受性を示すのか, そして抗体産生が阻害される詳細な機構を解明することが, SFTSの重症化機構の全容理解と, 新たな予防・治療法の開発に繋がるものと期待されている(本号8ページ)。

近年, 様々な感染症の流行動態や伝播経路の推定に病原体ゲノムサーベイランスが有用であることが指摘されている。SFTSVについても日本の流行地の一部自治体において, 次世代シーケンサーを用いたウイルスゲノムサーベイランスが実施されている。宮崎県では, 2012~2023年までに県内で発生したSFTS患者検体を対象にウイルスゲノムサーベイランスを実施し, 県内の地域ごとに異なる遺伝子型(J1-J4)のウイルスが分布しており, 野生動物の行動範囲により規定されるようなウイルス系統の地理的偏在性があることが明らかにされている。一方で, 遺伝子再集合や離れた地域で発生している株同士の組み換え体も検出されており, イノシシやシカの行動範囲では説明がつかないようなウイルスの移動経路の存在も示唆されている(本号7ページ)。今後, ヒトだけでなく, 動物やマダニが保有するウイルスゲノムを複合的に解析していくことにより, SFTS患者の感染地域の推定だけでなく, 自然界におけるウイルス伝播経路の理解が進むことが期待できる。

2017年に世界で初めてSFTS発症ネコ, イヌ, チーターが次々と国内から報告された。2017年以降SFTS発症ネコとイヌの診断が行われているが, 2024年には年間196頭のネコ, 12頭のイヌが報告され, 年々発生数が増加している(本号10ページ)。また, 発生地域も徐々に東日本へと拡大している。ネコでの致命率は60-70%と非常に高い。2017年には発症動物からヒトへのマダニを介さない感染が報告された。それ以降, 毎年, 獣医療従事者のSFTSV感染が数例報告されている(本号11ページ)。また, 発症動物の飼い主や狩猟者などの感染も報告されている。

SFTSVの感染環には, マダニ, 野生動物, 伴侶動物, ヒトが関与している。マダニと野生動物の間でウイルスの感染が増加すると, 結果的に伴侶動物やヒトでの感染が増加する。SFTSの発生リスクは地域によって異なるため, それぞれの地域の動物やヒトでの発生状況を把握し, 対策をとることが重要である。SFTS対策には, ヒト, 動物, 環境の健康を総合的に対策するワンヘルスアプローチが求められており, 様々な取り組みが各地域で進められている(本号13, 1416ページ)。

SFTSの登場は, 国内のダニ媒介感染症対策を大きく前進させる契機となった。国立感染症研究所(現:国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所)を中心に, 全国の地方衛生研究所で遺伝子検査体制が整備され, 診断と疫学調査の基盤が構築された。厚生労働科学研究費や国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の支援により, 疫学, 病態, 診断法, ウイルス保有動物に関する研究が進展し, SFTS対策の強化が図られている。

また, SFTSの研究体制は他の未知のダニ媒介ウイルスの発見にも寄与しており, 2019年には北海道でエゾウイルス感染例, 2023年には茨城県でオズウイルスによる致死例が報告された。これらの発見は, 国内に複数の未知のウイルスが存在し, 公衆衛生上のリスクとなっていることを示している。アジア地域でも新興ウイルスの発見が相次ぎ, 感染症の「ボーダレス化」が進行している(本号18ページ)。

このような状況を受け, 2021年以降, 「マダニ刺咬後の発熱疾患レジストリ」の構築が進められている(本号19ページ)。これは, 既知の感染症が否定された症例の情報を収集し, 未知の病原体の早期探知と診断法開発に繋げる新たなサーベイランス手法である。従来の病原体中心の対策から, 症候群ベースの統合的アプローチへの転換が求められている。

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